動くな、死ね、蘇れ!

 

 

 

 

あたしたちはつねに対等でなければいけないの、とよく彼女は口にする。

対等とは一体どういうことだろう。

あなたを守りたいと思うのはいけないこと?

サンジくんは強いしもちろん頼りにしているのよ、すごく、でもそういうことじゃないの。

わかるかしら、と彼女は言ってネクタイをきゅうっと締めた。

あたしたちはたしかに寝ているけれど、そういうことをしていなくても変わりはないわ、

対等でいなければいけないの。

そのときの彼女は赤いメガネをかけていた。

赤いフレームのメガネはね、と彼女は言っていた。

視界のまわりが赤く縁取りされて血が濡れているみたいなのよ、綺麗でしょう。

血が流れるのは好きではない。

生き物を殺さずに生きて行けたならいい、とそういうキレイゴトを言っているつもりはなくて、

ただ人の血が流れることに生理的な嫌悪感を抱かずにはいられないのだ。

戦いは好まない。

嫌だな、と言った俺に彼女はあいつのことを思い出すんでしょう、と笑って言った。

そのとおりだった。

ねえ、サンジくん、あいつとも対等でなければいけないわ。

あなたとあいつ、あたしとあいつも対等。

そうでなければいけないのよ。

ふたつに結った少し幼い髪の毛の頭を傾けて彼女は言った。

 

 

ここはあらゆる建物の外壁が白い、南国の島のような建物の並ぶ海岸沿いにある避暑地だ。

煙草を吸っている俺の傍にやって来て、さっきあいつと寝たでしょう、と囁いた彼女は

体ひとつじゃ足りないわねえ、と笑っていたけれど、俺は彼女がそんなふうに笑うことが信じられない。

だって、たとえば、と思う。

たとえば共有されているのが俺自身ではなくあいつだったらきっと耐えられない。

煙を空に吐き出した。

背中の後ろでは昼食の真っ最中だったけれどだるくて食事どころではなかったので

その輪からひっそりと抜け出し建物のふちに腰掛けて一服をする。

下を覗くとけっこうな高さで落ちたら死ぬかな、と考えた。

でも案外人は丈夫に出来ているもので時計台のあの高さから落ちてもただの骨折ですんでしまった。

モロに銃弾をくらったあいつの落ちてくるあのシーンが頭を駆けずり回りはじめる。

人間じゃねえ、とひとりごちて真っ青な空と海の混ざり合う遠いところを眺めた。

血が流れるのは好きではない。

どんなに不死身ぶっていても所詮は人間だ。

嫌になる。

あいつの、ああいうところが嫌いだ。

死ぬことなんてなんとも思っちゃいない。

ここは白くて綺麗な、世界中から金持ちばかりがやってくるようなホテルで

贅沢に着飾ったマダムや爪の先から頭の先までこれっきりってくらいに

手入れを施されたマドモアゼルなんかがそこいらじゅうに歩いている。

そんなレディとすれ違い思わず見とれていたらどこから現れたのか

あいつがすぐ後ろに立っていて問答無用で頭を殴られて文句を言う間もなく

後ろ手に引かれてそのまま部屋へと連れ込まれて犯された。

犯された、っていうのはすこし語弊があるかもしれないが、そうだった。

体力勝負だ。

あいつとやるたびそう思う。

それに、あいつには行儀作法とか遠慮とかそういうもんが欠けている。

まるで正反対だ、と思う。

彼女とのセックスと、あいつとのそれではまるで違う。

違うのは抱くか抱かれるか、ということもある。

変なかんじだ。

順番でいったなら。

まず最初ににあいつがいた。

あいつに抱かれて、そして彼女を抱いた。

知っているわ、と彼女は言った。

あなたがあいつに抱かれているのは知っているの。

それでもいいわ、サンジくんあたしのことが好きでしょう?

恋とか、愛とか、そういうものの定義は一体なんだろう。

後ろのほうでルフィのうるさく騒ぐ声が聞こえる。

ナミさんの掛けているメガネのフレームは、今日は黒だ。

似合うね、と言ったら笑っていた。

風が吹いて潮の香りが濃く香る。

ここから見える海岸は白い砂浜だ。

白い砂の一面に続くそこを昨日の夕暮れに彼女と散歩をした。

ナミさんは夕日が水平線に沈む瞬間をとても好んでいる。

お気に入りの風景は、と彼女は言っていた。

お気に入りの風景はお気に入りの人と見るとよけいに心に染みるのよ。

喉元のもっと奥のほうが、すうっとなって、そんな気持ちで

赤くて巨大なものが沈んで行くのを見送った。

太陽はいま、ちょうど頭の上のほうにあって夕暮れにはまだほど遠い。

背中になにかが当たるのを感じて振り向くと彼女がいた。

「なに?」

「ホールドアップ、よ。」

人差し指の先を俺の背中につけたまま彼女が笑う。

「なんの遊び?」

「遊びじゃなかったらどうするの、これがもし指ではなくて本物だったら。」

「そんなことする気なの?」

「さあ、わからないわ。でも、」

ありえないこともないわね、とメガネを掛けた別人みたいな雰囲気で言った。

「こわいな。」

「そうよ、こわいわよ。」

「でもナミさんにだったら殺されてもいいよ。」

「そう言うと思ったわ。あなたはそういう人よね。」

あきれたように笑って背中の指をそっと離された。

「ねえ、今日もお散歩行きましょうね。そして夕日が沈むのを見ましょう。

そして一日の終わりをふたりで感謝しましょう。」

「ナミさんはいつもそんな気持ちで見てるの?」

「そうよ。そして夜にはあなたに感謝するのよ。」

「俺に?」

「そう、愛してくれてありがとう。」

そんなふうに言って笑う彼女の笑顔はひどくきれいだ。

「どういたしまして。」

彼女の気持ちとおなじくらいの、慎重にやわらかく出した声で返事をした。

ふと、あいつの視線を感じてそちらを見ると目が合って変な顔をされた。

つられて変な顔をしたら彼女は笑って、むこうでお茶でも飲みましょう、と俺の手をゆっくりと引く。

彼女の手はつるつるとしていて、いつもやさしい。

気持ちに名前をつけるのはいつだって勝手な他人のすることで、そんなことには意味がない、と思う。

やさしい手と、乱暴なあいつのやり方と、そういうものにつける名前はなんだって、いい。

関係のないことだ。

 

 

おわり