毛布の下に船を漕ぐ

 

 

 

 

自分がどんなふうに扱われるべきなのか、ということを

ときどき、ほんのときどきにだけれどサンジは考える。

浴槽のなかに沈む自分の体はどこをとってみても男の体で、

膨らみの少しもない胸や足の間のそれが、

どうにもならないほどどうにかなってしまいそうなほどの

言いようのない想いを沸き立たせる。

ちゃぽん、と湯の中に頭まで浸かり、うう、と声を出した。

ごぼごぼと泡が上へと向かうだけなのを知っていても

どうしてもこの行為をやめることが出来ない。

ゾロに初めて抱かれた夜のときからサンジは

湯の中から見上げる風呂場の天井の薄いピンクの色を

恋の色だ、と思うことにしていた。

心をくり抜いて、もしくは体をきれいに裂いて証拠を見せることの出来たなら、

自分の想いはきっとこんなふうな色をしていると、温かな湯の中で考えたのだ。

彼に見せたい、そう思った。

見せつけてやりたいとも。

ゾロはいつも自分の行動を困ったような顔をして、

それでも諦めなのか許容なのか、すべて苦笑いで受けとめる。

たとえば、昼間の甲板で。

昼寝を貪るその顔を動物がやるように舐めまわしてみても

目を開けた瞬間に眼球を舐めてみたりしたとしても

驚くこともせずにひとこと文句を言ってから、サンジの頭を撫でてまた眠る。

自分がどんなふうに扱われるべきなのか、ということを考えるのはそんなときだ。

寝顔の寄せられた眉根を指で伸ばしながら、海へと飛び込んでしまいたいような

あるいは大声で叫びながら甲板を走りまわりたいような気持ちになる。

もてあましているのだ、と思う。

ざばあ、っと大きな音をたてて湯のなかから這い出した。

もしも。

この気持ちを数ミリも狂わずそのままに伝えることが出来たなら、いい。

けれど言葉を知らなかった。

どんなふうに伝えるべきなのかさえ、わからない。

腹を掻っ捌いてピンクのきれいな色を見せることが出来たなら。

そうすることが出来たなら、彼も少しは驚くだろうか。

自分のこの想いのその色に。

冷えたお湯が天井から垂れて鼻先を濡らした。

恋の色はきっときれいなピンクなのに、それなのにどんどんと汚れていってしまうのがかなしい。

自分は完璧なそのままを伝えたいのだから、汚れてしまってはいけないのだ。

行為の最中に自分の背中の下に広げられるやわらかな毛布もおなじように薄いピンク色だ。

ピンクの毛布に包まれながら、ゾロの重みを感じながらサンジはいつも、恋だったらいいと思う。

これが恋だったなら。

この行為が恋ならばいい。

するりとすべる自分の胸はかわいそうなほどに平たくて、ああ、と思う。

そしてオレンジの髪のまるく柔らかい彼女の身体をねたましく思う。

いつも目の前を行き来する、女の身体。柔らかで、なめらかで、そして美しい。

自分には与えられなかったもの、かなわないこと、そのかなしい事実。

冷えた雫が今度は背中をつたう。

足の間に手を伸ばし、それを手のひらでやんわりと包みこんだ。

手を動かすとそれはすぐに反応し、薄く開いた口から泣くような声が漏れる。

届かないような気がした。

どうしても。

どんなふうにしても。

こんなにも自分は届きたいのに。

手を動かしながらピンクの天井を見上げてそして、ああ、と声が出る。

届きたい。

唇を噛み締めた。

ん、ん、

噛み締めた唇からのかわりに鼻の鳴るような声が浴室に響いて、

思い出すのは彼の手のひらの熱。

ピンクの毛布に包まって、ずっとじっとしていられたならいいのに。

届かなくともずっと傍で、恋のなかに、じっと。

強く噛み締めた唇が切れて血が流れ、血を流す彼を想像した。

ぞっとするような、あの赤い色。

手のひらのなかで熱は止まることがない。

手を動かすそのたびにちゃぷん、ちゃぷん、と湯が音をたてる。

血を流す彼が好きだった。

血の中に立つ、その姿が好きだと思う。

流れる血と、湯に交じり合わないこの白い色。

溶け合ったならピンクの色になるだろうか。

馬鹿馬鹿しい。

自分の考えることはいつもこうやって馬鹿馬鹿しく、どうしようもない、

そうサンジは思って、冷め切った湯のなかからもう1度天井を見上げた。

家畜を殺して捌いたような、ピンクの薄い色。

きっとこの体のなかにはおなじようにピンクの色があって、

彼に抱かれるその間には、それは赤い色になる。

血のような赤い色に。

 

 

FIN.