金の星 銀の人 青い心


 

 

 

「ナミさん、ルフィが好き?」

と彼が言ったのは、昨日の夜のキッチンでの出来事だ。

「好きよ。」

とあたしは答え、彼はその答えに満足したように微笑み、そしてその後に

「ウソップは?」

と、おなじように言って唇からタバコの煙をふう、と吐き出した。

「好きだわ。」

さっきとおなじようにあたしも答え、彼の指からタバコを取って唇に挟んだ。

そのあたしの行動を軽い笑いとともに見届けてから、

「ゾロは?」

と彼はルフィは、ウソップは、と訊いたのとまるで違う調子で言って、

自分の目論みに失敗したことに気付いたのか、困った顔で頭を掻き、

もう1度、あいつのことは、どう思う、と言った。

そのときの彼は、あたしの目など見ていなかった。

「ええ、好きよ。」

その言葉に、そっか、と呟いて、それから静かで自然な動作で

あたしの唇からタバコを抜きとって咥えた。

「誰か忘れてるんじゃない?」

「え?」

彼の青い瞳があたしを見て、わからないという顔をする。

「あと1人いるじゃない。」

なんで忘れるかなあ、と付け加えると、ああ、そっか、と

彼は照れた顔をして、

「俺のことは、好き?」

そう訊くので、柄にもないそんな顔にあたしは微笑みながら、好きよ、と囁いた。

ルフィは、ウソップは、ゾロは。

そんな質問の答えと違う声の調子にけれど彼は気付いてはいなかった。

「サンジくんは?あたしが好き?」

「好きだよ。愛しちゃってるからね。」

おどけた調子でにこにこと、ナミさんみたいに素敵な人に出会ったら

恋に落ちなきゃ、それはウソだよ、と笑った。

あたしはそれがウソだということを知っている。

ただの戯言。それ以上でもそれ以下でもない。

ウソップのウソが人を幸せにするウソだとしたなら、彼のウソは、その反対だ。

それでも彼はそれに気付かない。

見当違いの心配をして馬鹿なことを訊くくらいに、気付いてはいないのだ。

本気にしていたらキリがない彼のウソと、ウソに隠されたホントウ。

不安で仕方のない、ウソで塗り固められた言葉のホントウ。

「ゾロは?」

そう訊いたらならば、ほんの少しの間も置かずに彼は即答するだろう。

嫌いだよ、と。大嫌いだよ、あんなやつ。

言い切られるその言葉のウソ。

泣きたいくらいに好きなくせに。泣いちゃうくらいに好きなくせに。

けれど彼も、気付いていない。

あいつの震える手のひらと、気持ち悪いくらいに柔らかい声と眼差しに、

少しも、気付いてはいないのだ。

よっぽどの鈍感か、馬鹿、一体彼はどっちだろう。

その両方かしら、と思いながら彼の背中に言った。

「ヒーローの話を知っている?」

繰り返される戯言の数々。ウソとホントウ。

あたしの声に朝食の準備の手を止め、振り向いて彼は答える。

「ヒロインのピンチに訪れる、かっこいいやつのこと?」

「うん。ルフィもウソップも、ゾロもサンジくんも、あたしにとってはヒーローよ。

どんなことがあっても大丈夫だって、信じているの。

どんなことがあったって困ったときにはヒーローが現れるんだもの。

だからね、あたしはみんなが好きよ。

ルフィもウソップもゾロもサンジくんも、好きだわ。みんな、あたしのヒーローだから。」

あたしの言葉のウソにも彼は気付きやしないだろう。

「光栄です、お姫様。」

お玉を持ったままの格好で、白馬の王子を気取って彼はあたしの手のひらにキスをした。

好きだと、愛しちゃっていると言う彼のその行動はとても軽い。

あたしのことを愛しているわけもないからだ。

そして彼は、ただヒーローを待ち続けているわけなどない、あたしの心には気付かない。

鈍感なあたしの王子様。

あなたは、好きよ、というその言葉に込められたホントウを

見抜きもせずに、青い心を抱えうずくまる。

かなしいのね、マイヒーロー。

でも、大丈夫。

大丈夫よ、マイヒーロー。

やがてその頭上には金の星が散りばめられ、そのときあなたのヒーローはやって来る。

見失ってはだめ。手を伸ばすの。そして捕まえなくちゃ。

ほら、彼はもうすぐそこへとやってくる。痺れを切らした、あなたのヒーローが。

あたし、あなたが好きよ、マイヒーロー。

だから、少しくらいはあなたの味方になってあげてもいいわ。

青い心を抱えうずくまるあなたの頭上に、金の星を。

ねえ、マイヒーロー。

あたしの手の先からこぼれるそれは、きっとこんぺい糖みたいにきれいなのよ。

 

 

おわり