ゆれていて、ふれていて、光あびて、眠るだけで、光けして、息をふきかけて

 

 

 

 

 

ああ、やっぱりな、と思っただけだ。

そのふたりの姿を見かけたとき、思ったのはそのことだけだった。

やはりそうなのだと、思っただけだ。

そしてなぜか泣きたくなった。

泣くことの出来ない彼らのかわりに、そのせつない光景に。

変わることのないものなど、終わることのないことなど、存在しないということに。

それでも続いて欲しいと思った。

終わりのない海のこの景色のようにずっとずっと続いてゆくことが出来ることなら、どうか、そのように。

金色の髪のその光や、眩しそうに細められた眼差しに、祈るみたいに思ったのだ。

彼らのまとう空気のその色が、幸福の色をなくすことがないように、どうか。

いまははじまりで、きっと終わりなど、想像するだけ馬鹿なことだ。

それでもきっとこの旅の終わりにも光の翳ることのないように、と。

それから、思い出したのはナミの言葉だった。

 

 

サンジがゾロを困らせて遊んでいるのは日常の風景だったし、別にそのことを気にしたこともない。

あの何事にも動じない男の困っている顔を見るのが好きなのか、と思っていた。

けれどナミはそれは違うと言った。

あれは突ついて和らげているのよ、と、そう言っていた。

張り詰めてるみたいな彼の空気を和らげて、そして呼吸を楽にしてあげているの。

そしてそれをしてあげられるのはサンジくんだけなのよ。

ナミはそう言って笑っていた。

そういうものか、とそのときは思った。

彼らは同い年で、そのぶんわかりあえることもあるのかもしれない。

それにサンジは世話を焼くのが趣味みたいなものだ。

ナミやビビはもちろん、ルフィ、それから自分にも、あれこれと世話を焼く。

大げさに恩着せがましく、またはあまりにもさりげなくわからないような、そんなやり方で。

ああいうのはね。

呼吸を読むのよ。他人の呼吸を読むの、そして差し出すの。

そういうのはね、ともナミは言っていた。

欲しているからわかるのよ。自分もそれを欲しているの、だから他人のそれがわかるのね。

そしてサンジの入れたお茶を飲みながらナミは、そういうのってちょっとせつないわね、と言ったのだった。

きっと、そうだったのだろう。

そして欲する心に気づいたのはゾロだった。

鈍感みたいなふりをして、手を伸ばしたのはあの剣士だった。

それは自分にとっての、父親の乗る海賊船、それだったかもしれない。

現れることのないものを待つ気持ち。

それは良くわかる。

遠くの地平線にいまかいまかと待ち望むのだ。

それはまるで青空に思い描く見たこともない景色や、夢、そういうものに似ている。

手に取ることの出来ないまぼろしのようなそれは手にしたとたん消えてなくなりそうに思えて、

手に入れることはだから少しだけの恐怖が伴う。

少しの恐怖と、それから痛みだ。

 

 

ナミの言葉はただの予言に過ぎなかった。

予感は膨らみ、形となって目の前に現れる。

静かに、そしてかなしい光景として、うすく、ぼんやりと。

 

 

彼らが好きだった。

心強い仲間として、夢を追う同士として。

だから、けして軽蔑も嫌悪もなかった。

ただその光景に瞼がほんの少しだけ、痺れた。

明日がたしかにやって来ることを本当に願ったのはだからあれ1度きりだ。

彼らに、今日に続く明日を。報われることのあるように。

はじめに気づいたのは声だった。闇に低く流れる声。ひどく温かな。

目を覚ましたのはただの偶然だ。

そして目を覚ました自分の耳に届いたのは、名前を呼ぶ声や、

闇に溶けるような秘めやかな笑い声、そういうものだった。

仲睦まじいその様子に邪魔をしてはいけないようなそんな気がして、

ハンモックの中で息を殺しそれでも目を凝らしてそちらに視線を移し、

闇に浮かび舞う白い手のひらと、その光の色を見たのだ。

ソファーの上のふたつの影。

手のひらからこぼれてゆく金の色と、微笑む形の唇。

なぞるように、なくしてしまわないように、確かめるように、触れられる手のひら。

続く、囁き。

首筋に押し付けられた鼻先と、露にされたうなじの白。

シャツの掴まれたその皺と、こもった笑い声。

夜の底に、海の底に、浮かび漂う幸福の形の美しい色。

止むことのない手のひらの慈しむようなその動作に、小さく小さく流れる声に、泣きたくなった。

これが夢で、そんなふうに幸福の形を夜に見たのであっても、心が痛んでも、

と、そんなふうに泣きたいほどの気持ちで祈った。

変わることのないように、終わることのないように、永遠などなくとも、それでもこのまぼろしを。

けれどきっと。

心が痛むのは、こうしてせつないのはきっと、そう思ってまた泣きたくなった。

変わるのだ、終わるのだ、永遠など存在しないのだ。

だから、こんなにも。

朝の光の中でも彼らがきっと幸福であるように、そう思って目を閉じた。

 

 

まぼろしはけして追いつくことの出来ない綺麗な出来事や夢で、

人はそれを探し、探し、探し続け、求めるのだ。

どこかにあるはずの幸福の光景を、その色を。

手にした先からほろほろとこぼれ落ちるようなそんなものを欲して手を伸ばす。

かなしい。

なんてかなしい。

船はどこまでも続く海を渡り進んでゆく。

日々もきっと、そんなふうに。

彼らがいつかの遠い日にひとり、空を見上げあの色を思うことがあるとしてもいまはどうかこのままで。

カモメが鳴き、その青い空に瞼の裏がじんと痛かった。

 

 

おわり