ランデブー

 

 

 

見張り台の上でふたり。

今夜はいい月だなあ、とサンジが言って、

けれど月を見上げることはせずにとおくの街の明かりを見つめる。

祭りの夜に船でふたりきり。

サンジが手のなかのグラスを傾けてゾロのそれにかすかに音を立ててから、サルー、と笑う。

カルガモの名前かよ、とゾロが片眉を上げて言い、乾杯、と言い直してサンジがまた笑った。

「乾杯って、この島の言葉でそう言うんだって、ナミさんが言ってた。」

街の明かりが海面にゆらゆらと揺れる。

遠くからは賑わいの声。

サンジの言葉にゾロはまたか、と思いながらグラスの酒を喉に流し込む。

一日中そればかりだ。

ナミさん、ナミさん、ナミさん、ナミさん、ナミさん、それしか言葉を知らないのかと言いたくなる。

「花火上がるかなあ。」

「さあ。」

「冷てえな、もっとちゃんと会話しろよ。」

ちゃんと会話ってなんだよ、とゾロは思い、それでも口には出さないまままたグラスに口をつけた。

ちゃんとした会話にはかならずあの女が出てくるんだろう、とも言いたかったが言わない。

これではまるで自分はヤキモチ焼きの女みたいではないか。

途切れた会話もそう気にしてはいないのかサンジはずっと陸のほうを見たままだ。

風が金色の髪を吹き上げてはすぐに逃げて行く。

昼間、街で女に会った。

ロクサーヌ、とサンジは呼んでいた。

親しさと懐かしさを込めたそんな声で女を。

黒い髪の、きれいな女だったような気がする。

自分の女を見る目がどんなふうにサンジにうつっていたのか、それを思うと少し気が滅入る。

俺は、さ、おまえに、抱かれてる、だろ?

まえにサンジが行為のあとのしどげない姿でそう言っていたのを思い出す。

そうすると、どうしたって、俺は。

けれど言葉はそこで止まり、暗闇の中に沈黙だけが座り込んだままじっとしていた。

そうしてそのままサンジは口をつぐんでしまい、続きを促してもけして喋らなかった。

なにかを考えるみたいに宙を睨んで、しばらくしたのちにそのまま眠い、と寝入ってしまったのだ。

あのときのサンジの言いたかっただろうことがあの黒い髪の女によって教えられてしまったようだった。

祭りの嬌声が海風に乗って見張り台のここまで届いてきて、沈黙を和らげる。

「花火上がるかなあ。」

さきほどとおなじことをサンジが言ってゾロは潮の匂いと夜の匂い、それに混じって

きっと自分にしか感じられないだろう、彼の匂いを嗅いだ。

「そんなに見てえのか。」

「んー、だってさー。」

そう言ってサンジはへへっ、と笑ってそこではじめてゾロを見る。

夜の顔をしている、とゾロは思う。

夜の気配をまとっている、そんな顔だ。

「ココヤシ村で花火上がってたの覚えてる?」

「そういや、」

そうだったな、と続けようとしてあれが一体いつのことか、

自分のなかで時間の感覚がひどく曖昧になっていることを知る。

曖昧で、そして、それに反するように鮮やかなそんな時間。

なにがそんな作用を及ぼしているのかなど考えるまでもないことだ。

そうわかってしまう自分の心のだらしなさに舌打ちをしたくなる。

「病院いったらベットで寝てるおまえ発見して、それで、

花火が窓から見えて、その明かりに照らされててさ、おまえの顔。

おもしれえなあ、と思って見てたら、おまえがふいに目ぇ覚ましてさ、

そしたら今度は目玉んなかにうつるんだ、花火のいろんな色が。」

喋りながら思い出したのか、サンジは肩を揺らしている。

「で、さあ。目玉んなかのその花火が綺麗だな、って思っちゃって。」

そこまで言ってサンジはまた陸のほうへと視線をやった。

色とりどりの電球と騒ぐ声、享楽の一夜。

祭りの夜だ。

「たぶん、あんときだな。恋に落ちた瞬間ってやつ?」

陸のほうを向いたままのサンジの横顔が笑っているのを見た。

「まあ、あとづけだけどな。」

しゅっ、とマッチの擦る音が聞こえ、とたんに煙の匂いが流れてくる。

広くもない見張り台の端と端で、陸の賑わいを想像して、ふたりきりだ。

「花火見てえなあ。」

唇に煙草をはさんだままでサンジが言って、な、とゾロの顔を覗き込む。

適当に返事をして喉元を過ぎてゆく熱い液体の流れを追った。

胃のもっと下のほう、そこらへんがひどく熱い、と思う。

熱とか、情とか、そこにあるのはきっとそういうものだ。

いまひとたび海を渡る風が吹いてサンジの髪を後ろに流し、

とたん、夜の海、深海の色が浮かび上がる。

引きずり込まれる。

暗く底のない、音のない、そんな場所にやさしく白い手が引きずり込むのだ。

急にどん、と大きな音がして、夜空に花が咲いた。

「花火。」

サンジが笑って、花火、とゾロのシャツをつまんで注意を引く。

「ああ。」

「なに?おまえ花火嫌いなの?それとも情緒がわかんねえの?」

変なやつうー、と唇を尖らせてサンジはつぎつぎに咲く夜空の花を見つめている。

変な調子をつけて花火、花火、と繰り返す。

暗い海にも花がうつり、咲く。

空の花火のほうを見ていたサンジがふいにゾロのほうに向き直り

フィエスタ、だ、と花火のような笑顔で手のグラスを

ゾロの鼻先へと持ってきて、サルー、と掲げてみせた。

縮んだ距離に手を伸ばし髪に触れる。

冷えたしゃらりとした感触に腹の底が熱く息が苦しいほどになり、

口元の煙草を抜きとって顔を近づけると、どん、と音がした。

花火、上がった、鼻先でサンジが言って、目玉んなかいまうつってんのは俺だけど

そういうのも悪くねえよな、と笑いゾロの耳元になにか囁いた。

テ・アモ。

「なんだ、いまの。」

「知らねえだろ、ばあーか。一生知らないままでいろってんだ、アホマリモ。」

どん、どん、どん、と夜空に花が咲き、咲いては消えてゆく。

それは一瞬ごとのはかなく綺麗な出来事だ。

あっという間に消えては残像だけを、心に残す。

 

 

おわり