恋や愛についてちょっと

 

 

 

 

 

俺って人見知りだからさ、とコックは言う。

ウソですよ、そんなこと、と顔中に書いてある顔で、しらじらしくもコックは言う。

そして、人見知りだからさ、人になかなか慣れねえの、と言いながら俺の身体をべたべた触る。

コックの言い分によればそれは人に慣れるための行為、てっとりばやい方法というやつだ。

肩のところに顔を埋めて、おまえの匂いがすると笑う。

この匂いに慣れる頃にはおまえにも慣れてるよ、きっと。

そんなふうにコックは言って、落ちつく、とほんとうに腰を落ちつけてそこでタバコを吸ったりする。

コックが人見知りなんてするような人間じゃないということを俺が知ってることをコックは知っている。

それでもしらじらしく、繰り返す。

俺って人見知りだから。

人見知りのコックのせいでいままでコックからしかしなかったタバコの匂いが

最近は自分の身体からも漂うようになってしまった。

タバコの匂いに慣れ、コックの奇怪な行動にも慣れ、けれどコックはまだ慣れない、と言う。

おまえは人見知りのなんたるかを知らねえな、と俺の肩のところで煙を吐きながらコックは言うのだ。

肩のところでタバコを吸うコックは俺の足の間に座り込む。

だから人見知りのコックと俺は端から見たら恋人どうしが抱き合っているように見えるのではないだろうか。

肩のところでコックの金色の髪が風に揺れたりするその一瞬に、コックは言う。

なんかいま、少しおまえに慣れた気がする。いま、一瞬。

そう言うコックの睫毛も金の色をしている。

金色の睫毛のコックは腹巻きを伸ばして遊ぶのを日課にしている。

腹巻きを伸ばしながらびょーん、びょーん、と口で言う。そして笑う。

そんなとき人見知りをするばずのコックは、人見知りなどしていないような無防備さで笑う。

そんなコックの様子を見たナミは、懐かれているわね、と苦笑していた。

1番懐かないと思っていたあんたに懐いちゃったのね、と。

あいつあんなくせに人見知りなんてふざけたことを言う、と言った俺の言葉にナミは

人見知りはあんたのほうでしょ、と変なことを言い放った。

人見知り、俺が?

そうよ。でも少し違うわね、人を寄せ付けないのよね、人が怖いのかしら。

ずいぶん失礼なことを言う女だと思った。

そんなわけがない。

その証拠にコックはああやって寄って来るのだ、そんなことなどあるわけがなかった。

でも良かったじゃない、人見知りが直って。直してもらえてよかったわね。

本当に失礼な女だと腹が立った。こいつは一体なにを見ているのだ。

それでもコックは変わらず俺の肩のところでぽつぽつとくだらない話をする。

豚肉と鶏肉と牛肉、どれが好きだ。

油揚げと大根、豆腐とわかめ、みそ汁の具はどっちが好き?

ラム酒はレモン浮かべて飲むのとあっためてシナモンの香りをつけたもの、どっちが美味いと思う。

胸のでかい女と足のきれいな女ではどちらが好みだ。

海と空、どっちがより青いと思う。

くだらない話をするコックの声は夢うつつで、表情はいつもぼんやりと間が抜けている。

眠る手前のようなだらしなさでくだらない話を繰り返す、人見知りのコック。

コックの人見知りはただの真似事だ。人見知りの真似事をしながら懐いてくる。

肩のところのコックに、それを言った。おまえのそれは真似事だろう、と。

真似事ってなにが?

くだらない話をするのと変わらない調子でコックは言って、俺の顔を見た。

赤ん坊サイズの金髪の頭。金髪の睫毛。

おまえはただ人見知りの真似事をしているだけだ。

ああ、なるほどね、とコックは、だからおまえはなんにもわかってないんだよ、とせせら笑った。

これは、人見知りの真似事なんかじゃないよ。

せせら笑ったあとでもう1度肩のところへ顔を寄せ、コックは言う。

だったらなんだよ。

恋愛の真似事。

コックの声が言って、首に腕がまわされた。

おまえの肩のところからするのが、なんの匂いか知ってるか?

タバコの匂いだよ、俺の匂い。

くだんねえよな。真似事だ。

でもさ、と首に回された腕に力がこもる。

真似事でも続けていけばそのうち上手になんだろ?

鍛錬だ。訓練だよ。日々の繰り返し、積み重ね。

それに俺の人見知りは真似事じゃないよ、おまえ限定だけど、ほんとうなんだ。

人見知りするんだよ。おまえに慣れなきゃ、真似事だって出来ない。

金色の髪が風に煽られ、コックの匂いがした。

人見知りのコックの真似事の数々、積み重ねられる出来事、日々のこと。

首にまわされた腕が離れ、コックが言う。

真似事だよ。

だからこれも真似事。

キスの真似事だ。

人見知りで人懐こい金髪のコック。

コックの金色の髪はタバコの匂いがする。

そしてそれは俺の肩のところからもおなじように、香る。

 

おわり