ザ・メロディ・ゴウズ・オン

 

 

 

 

 

 

部屋のまえに座り込んで彼の声を聞く。

エッチな声。男っぽくもそしてすこし女っぽくもあるその声。

あたしたちは彼を共有している。文字どおり。

彼はあたしを抱き、あいつは彼を抱く。

1度部屋に帰ってきたとたん、リビングのソファーでしているふたりに遭遇したことがある。

抱かれている彼はなんかちょっとキレイで嫉妬した。

そしてなんだかエッチな気分になってしまい、四つん這いの彼の顔の前にしゃがみ込んでキスをした。

あいつにやられながらあたしの名前を呼ぶ彼は嫌になるほどセクシーだった。

愛の音、センチメンタルな彼の声。

それが絶え間なく聞こえ、あたしは部屋のまえにしゃがみ込んで本を読みながらコーヒーを飲む。

本の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってはこないけれど、

ただ座り込んでいるのも手持ち無沙汰で、本を読んでいるようなふりをして彼の声を聞く。

きっと彼はあの顔をしている、と思う。だらしなく、セクシーで、そしてたまんない顔。

彼にあんな顔をさられるあいつがほんの少しうらやましかった。

あたしを抱くときの彼はオスっぽい顔をする。男の顔だ。あんな顔はしない。

それもまたセクシーで最高だけれど、あの顔のほうがもっとずっといい、と思う。

鳴り止まない愛の音。

3人で並んでテレビを見ていても唐突に2人がしはじめちゃったりするし、あたしと彼がすることもある。

残された1人はテレビを見ているふりをしながらも、鳴り出す愛の音にそっと耳をすませるのだ。

そしてセンチメンタルな気分に浸る。BGMは愛の音。

彼が部屋から出てきて、あ、おかえり、といつもの顔で言った。変わり身が早過ぎる。

本を足元に置いて立ち上がり、彼の首に腕を回しキスをした。

唇を離すと、いきなりどうしたの、とまたいつもの顔で言うのでどん、とその体を押し、

押しながら部屋の中へと入って行った。

ベッドにあいつが腰掛けていたけれどそれは見ないふりをして、彼をベットに押し倒す。

帰ってたのか、というあいつの声も無視をして彼の腹の上に乗る。

スカートの裾がめくれて太ももが露になったのを、あいつの手が撫でるので、睨んで言った。

「触んないでよ。」

「減るのかよ。」

「減るわよ。」

ほんのたまに、彼ではなくこいつとしてもいいかもしれない、と思うときがある。

けれどそれはしない。ルール違反だ、とわかっているからだ。

男のプライドを捨ててまでこいつに抱かれている彼の気持ちに対する配慮に欠ける、

とあたしたちは考えているのだ。そしてあたしたちは彼をとても愛している。

あいつの手の変わりに彼の手があたしの太ももに触れ、そして撫でる。

そして指が、布をわけて、入り込んでくる。彼の顔を覗きこむような格好でキスをした。

しだいに鳴り出すのは愛の音。いつのまにかあいつは部屋の中から姿を消し、

2人の愛の音で部屋のなかはいっぱいになり、センチメンタルにあたしは思う。

恋をしているのだ、と、そんなふうに思う。

見下ろす彼は、オスの顔をしている。

あの顔が見たい。あいつだけが彼にさせることの出来るあの顔を見たかった。

彼としていると気持ち良すぎて死んじゃいそう、なんてばかなことを思ったりするけれど、

それはあたしが彼を愛しているそのせいでもあるのであたしは自分が女であることを誇りに思う。

ああいう顔はさせてあげられないけれど、あたしが彼に与えられるものはもっと別なもの。

あたしだけが与えられるものであるはずだった。

はじめに恋人だったのはあたしとあいつだ。そして緑の季節に彼に出会った。

運命は、そこで急展開を向かえる。もっとセンチメンタルでロマンチックな方向に。

バスに乗っている彼と目が合った、と言ったのはあいつだ。

なぜか目をそらすことが出来なくてそして次のバス停で彼がバスから降りてきて言った。

気に入っちゃったんだ、と。

それがはたしてどちらに向けられていた言葉なのかはわからないけれど、

あたしたちもすぐに彼を気に入った。

キレイな顔をして、色の薄い髪をしていて、そして持っている雰囲気が抜群だったから。

まわりから浮いているような、景色からひとりだけ浮き彫りにされてしまっているような、

鮮やかさ、それなのに目を離したらすぐに消えてしまいそうなたよりなさ、抜群だ。

彼の目がオスっぽく光って、あたしを見上げる。微笑んで、その手に答えた。

 

 

 

3人で砂漠の真ん中に立っていた。

夢だ、と思いながらぽっかりと黄色い月に照らされる。

彼が月の砂漠を、と歌う。

どこから持ってきたのかあいつの手には球根があって彼が、

緑がないのは寂しいからここに植えようと言って、また月の砂漠を、と歌い出す。

あたしたちのうしろにはいつのまにかかわいらしい家が建っていて、

ここが3人の住む家だということを不思議なことにあたしはそれを知っていた。

月の砂漠を、と彼はなおも歌いながら穴を掘る。

彼の掘った穴にあいつが球根を埋めてあたしはそれに丁寧に砂をかけた。

水がないわ、と言うと彼がこの球根は月明かりで育つんだよ、と月を指差して言った。

するととつぜんにょき、と奇妙な音がして、球根を埋めたところからすごい勢いで

ジャックと豆の木みたいなツタが生えてきた。にょきにょきにょきにょき、と音がする。

あっという間にそれは月まで届くほどの高さになり、そのにょきにょき生えたツタを登りながら

あたしは、月のかけらを盗ってくるわ、と彼らに言う。

月のかけらが甘くて特別においしいものだということをあたしは知っていたからだ。

月の砂漠を、と歌いながらあたしはツタをのぼり続ける。

下を見ると彼があのたまんない顔をしてあいつに抱かれていた。

愛の音が砂漠の砂に染みこんでゆき、にょき、とツタがまたのびる。

月の明かりと愛の音、そのふたつを養分にしてツタはぐんぐんのびる。

音にあわせてあたしは月の砂漠を、と歌った。

すごい高さから3人の住む赤い屋根の家が小さく見えた。彼らの姿は見ることが出来ない。

センチメンタルなその音だけがしんと静かな月の砂漠に流れ、あの顔を見たいのに、

と思いながらもあたしは月へとゆく。

月のかけらはきっと甘くてきらりととろけるようにおいしいのだ。

そう思いながらあたしは、鳴り止まない愛の音に耳を澄ませ、月を目指し続けた。

 

FIN.