イッツアワンダフルワールド。

             

【前編】

         

         

         

         

ほんの1度だけ、ふたりで東京タワーに登ったことがある。

冬で、寒くて、雪が降っていた。

俺達のほかには誰もいなくて、雪で覆われた東京の街は、

何世紀もまえに終わってしまったように死に絶えて見えた。

俺んちってどっちにあんのかな、とあいつは言って

おまえには聞いてねえぞ、迷子博士は当てにならねえからな、と

そのまま雪に静かに埋もれ続ける街を見下ろしていた。

世界はとうに終わっていて、ふたりきりで生き残ってしまったような、そんな気分だった。

         

小さい頃、俺達はよく迷子になった。

いつも俺のあとを追いかけてくるあいつと、方向音痴の俺と、

ふたりでいつも夕暮れには途方にくれていた。

知らない町の、みたこともない景色のオレンジの光のなかで、

あいつは決まって俺のシャツをぎゅっと握る。

ぎゅっと握って、ふたりでいればきっと大丈夫、と泣きそうな顔で笑うのだ。

大人たちに見つけてもらうまで、ふたりで、ふたりきりで、

どこへも行き場もなく途方に暮れてしまっていたあのかんじを

俺はいまでも忘れることが出来ないでいる。

握られたシャツの、心細さ。

         

冬でもめったに雪の降らない、東京の町に俺達は人生を過ごしている。

あいつはじいさんとふたりで俺んちの隣の大きな日本屋敷に住んでいた。

庭にはでっかい松の木が生えていて、あいつの部屋は畳み敷きだ。

畳み敷きのその部屋で、14の夏に、はじめてキスをした。

告白したのは俺のほうだ。

好きだ、と言って、言ったらあまりにも好きで、そんなにも好きなことがわかってしまって、

思わず好きだと言いながら、泣いた。

俺の短い人生のうち、どうしようもなくて泣いてしまったことなんてあれ1度きりだ。

顔を上げるとあいつもなぜか泣いていた。

なんで泣くんだよ、鼻水をたらしながらあいつは言った。

そして箱の中から山盛りティッシュをかき出して、俺によこした。

おまえこそなんで泣いてんだよ、ティッシュで鼻をかんで顔をゴシゴシ擦りながら言って、

うるせえ、もらい泣きだ、そう赤い目で睨まれた。

東京タワーに登ったのは16のときで、このあいだ俺は19になった。

あいつが19になるのは、ほんの少しだけ先、春、桃の節句の前日だ。

モモノセック、をあいつは昔、女だらけの水泳大会みたいなものだと思っていた。

ピンク色のエロい妄想が頭をかけめぐっていたらしい。

モモノセック、が雛人形を飾ってごちそうを食べるただの祭りだと知った今でも、

近所のでかい公園で梅まつりがはじまるまでのほんの数ヶ月だけのそのときになると、

あいつは小さな頃からずっと変わらず嫌な顔をしてこんなふうに言う。

年上になったからって威張んなよ、どうせすぐに一緒になっちまうんだ。

         

         

あいつが突然北海道に行きたい、と言い出したのは1週間前のことだ。

北海道に行ってみたい、雪が見たい、そしてラーメンが食いたい。

北海道に行きたい、畳み敷きの部屋でいつのまに手に入れたのか、

ガイドブックを見ながらしつこくあいつが言った。

雪が見たいんだ。

適当に返事をしながら俺はクマのぬいぐるみの腹を殴った。

片目の取れた、ぼろぼろのぬいぐるみ。

茶色くごわごわで水色の蝶ネクタイをしている。

てめえ、ナナになにしやがる。

クマのぬいぐるみはナナという。

レストランを経営するじいさんが夜ひとりで怖くないように、

と小さかったあいつに与えたものだ。

小さい頃俺達はいつも、ナナと3人で寄り添って眠った。

部屋の明かりを消すそのときに、布団のなかの俺達に母親は決まってこう言った。

仲良くおやすみなさい、夢のなかでも、きっと幸せにね。

         

「なあ、北海道」

ナナを腕に抱いてサンジが、北海道ラーメン雪カニいくら、を変な呪文のように繰り返す。

1週間前からずっとこんな調子だ。

ナナ、というのは小さい頃サンジの好きだった漫画に出てきた女の名前だ。

強くて、美しい、黒い髪の女。

じいさんの再婚相手はナナによく似ている。

正確に言うと、再婚する予定の相手、だ。

ナナによく似た黒い髪の女がクマのナナの取れた片目を新しくつけた。

10日ほど前のことだ。

じじいが再婚するんだってどうしようゾロあいついい年して頭に花咲いちまった。

10日前、サンジはノックもなしに俺の部屋へと上がり込んで息継ぎなしにそう言った。

腕にはナナが抱かれていた。

すげえ美人なんだよ、黒い髪のおかっぱでさあ、28歳だって、これ、ナナの目もつけてくれた。

新しくつけられたナナの左の目は灰色だった。

茶色と、灰色の、瞳。

サンジの瞳も灰色だ。

あーなんかいけないこと考えちゃうなあ、お義母さんかあ、エッチな響きだな、

ぬいぐるみを抱えたまま、しまりのない顔でぶつぶつとサンジは

お義母さんにしてもらいたいこと10ヶ条をひとつづつ並べ立てていた。

けっきょくそれは86個にものぼり、最後のほうには突っ込むことにもあきて、

俺はテレビのつまらない歌番組をつまらないと思いながら見つづけていた。

けれど86個のうちの半分は誰もが母親にしてもらうようなたわいのないことばかりで

俺はなんだかいたたまれなくなってしまっていた。

ハハオヤかあ、ナナの灰色の目を見つめながら、サンジはそう呟いた。

「パティがさ、昨日、おいしいラーメン屋教えてくれてくれたんだ。そこ行こうぜ。

あ、あと夜景も見ような、あ、でもおまえ、夜景よりもおまえのほうが綺麗だぜ、サンジ、

とか寒いこと言うのは止めとけよな、ただでさえきっと寒いんだから」

すでに気持ちは北海道らしいサンジは、俺の返事など期待していないのか、

嫌だと言ってももう行く事に決めているのか、ガイドブックから目を離さない。

ガイドブックに載ってるとこなんて美味いはずねえんだよな、だってじじいんとこだって

どこの雑誌にも載せてねえし、ああいう雑誌にも載らない隠れ家っぽいところに行きたいなあ、

北海道にじじいの知り合いっていねえのかな、よし、今晩聞いてみよう、

ストーブを焚いた部屋は暑すぎて、ひとりごとを言い続けるサンジは冬なのに半袖だ。

半袖の袖から出た生白く細い腕がナナを抱く。

畳みの上に寝転がりながら俺はテレビのなかのくだらない物語を見続ける。

暑すぎる部屋の温度に背中に汗を掻いてきた。

クリスマス、とふいにサンジが寝転がる俺の顔を覗き込んで言う。

今度はひとりごとではないらしい。

「クリスマスに行こうな、北海道」

「なんで」

「ホワイトメリークリスマスだからだよ、2泊3日、2名1室34300円、決定」

決定、と言って腕の中のナナを俺の顔に押し付けた。

ナナはサンジの匂いがする。

もう予約しちゃったし、楽しそうな声が言う。

「いつ」

ナナを押しのけて身を起こした。

「一週間前」

手を広げてイッシュウカン、そう言ってから、抜かりなし、とその手を合わせてパン、とたたく。

「それを先に言えよ」

「なんで」

物語のなかの女はサンジに似ている。

泣いている顔が、白くて、小さくて、ひどくぶさいくだ。

サンジの泣き顔も、そうだった。

「言ってるだけかと思っただろ。ほんとに行くんなら最初からそう言え」

汗を拭うように背中のシャツを上下に擦った。

南国みたいな部屋にいて、サンジは雪国のことを考える。

「言ってたじゃん」

「行きたいってだろ?」

「おなじだろ」

「違うだろ、アホ」

雪国はサンジの生まれ故郷だ。

北海道よりももっと遠く、何時間も飛行機に乗らなければ行けないところ。

「アホって言うな、アホアホマン。23日と、24日な、準備しとけよ。

いいか、北海道は寒いんだからな、腹巻きはちゃんと持てよ。

せっかくの旅行で腹下されたらたまらねえからな」

北海道には飛行機に乗って行く。

         

         

なあ、これってさ、誰が選曲してるんだと思う?

背もたれの中の冊子を見ながらサンジが言う。

ここはもう飛行機の中、空の上だ。

イブイブ、と朝からはしゃいでいたサンジは飛行場に着いた途端、

顔色を青くして急にだんまりになった。

やっぱり止めるか?と言っても、行く、と頑固に酔い止めを飲み下した。

でも、サンジのそれは酔いじゃない。

サンジは飛行機が嫌いだ。

だから修学旅行にも参加しなかった。

俺から九州のみやげを受けとって、楽しかったか?と少し寂しそうに、

そのみやげのまんじゅうを食った。

全部、あっというまに。

そしてそのあとにすべてを吐き出した。

馬鹿だ。

サンジの両親は飛行機で、北の、寒い、遠い国へ行く途中に事故にあい、帰らぬ人となった。

俺が6歳になった頃のことだ。

もう、13年も前の昔。

両親が亡くなって、サンジは気に入っていた飛行機のプラモデルを

家の近くのどぶ川に、投げ捨てた。

「気に入った曲が一個もねえ、ウォークマン持って来ておいて良かったな」

空の、雲の上でサンジが言う。

午前中の早い飛行機には、それでもまばらに人がいる。

耳の中が圧迫されていて気持ちが悪い。

唾を呑み込んだけれど楽にならなかった。

聞く?そう言ってサンジがイヤホンの片方を寄越す。

耳に入れると、いつもサンジの部屋で鳴っている、女の濡れた声の

甘い曲が聞こえて、いつもは思わないことを思う。

きゅう、と、どこかが、絞めつけられるようだ。

「な、映画ってやんねえの?」

「北海道行くくらいじゃやらないじゃねえの」

「ふうーん、俺あれ見たかったな、なんていったっけ、あの映画。宝くじ当てるやつ」

「ビデオで見りゃいいだろ」

「飛行機の中で、映画。レンタルビデオなんかとぜんぜん違うんだよ」

知ったようなことを言ってサンジは、小さなプラスチックのコップから

コーラを飲んで、泡がない、冷えてない、ああ、とうもろこしも食べたいな、

そういえばおまえとうもろこし食べるの下手だよなあ、とあくびをする。

そして甘い曲を聞きながら、眠い、とひとこと言ってそのまま眠ってしまった。

手に持ったままの手帳にはへたくそな文字でラーメン屋の名前と住所が書かれている。

固く目を瞑った青白い顔。

眼下に広がる白い雲を眺め、ぼちゃん、と水音を立てどぶの中に落ちて行った模型を思い出した。

サンジの父親が、誕生日に買い与えたもの。

彼の瞳も灰色だった。

灰色の、物悲しそうな瞳。

寝息を立てるサンジの顔は幼くて、あの頃となんら変わりがない。

やせっぽっちの、白くて小さな子供だったあの頃のサンジと変わりのないような顔で眠る。

ふたりでいれば大丈夫、そうならばいい。

ずっとそうだったらなら、いいのに。

         

         

駅からホテルまでの道はものすごい吹雪だった。

サンジは何度も何度も転びそうになってそのたびに意味もない笑い声を立ててはしゃいだ。

前が見えねえー、すべるー、ぎゃー、すげえー、ゆきー、ゆきだー。

新しい雪の上を歩くときゅうきゅうと音がした。

遠くまでやって来た、と思う。

はじめての場所で、誰も知らない場所で、サンジが笑う。

鼻のあたまが赤くなっていて、笑いながら鼻水をずずず、と吸い上げる。

ダッフルコートの肩に雪が積もり、ぐるぐるに巻いたマフラーがその口元を隠す。

きゅうきゅう、と俺は雪を踏み続けた。

         

「すげえ、トイレが2個もある。行き放題、出し放題だな」

あらゆるドアを開けて、サンジは興奮してはしゃぐ。

空港からの電車の中でもサンジはハイになってきゃあきゃあとはしゃいだ。

白い、真っ白、すげえ、家が見えない、埋もれてんのかな。

埋もれてるんじゃなくて家がそこに建ってないんじゃねえか、と

おなじように窓の外を眺めて思ったけれど黙っていた。

雪に埋もれた家があるとして、その家のなかに閉じ込められてしまった人々の物語を想像した。

外部から隔たれた温かな部屋のなかの閉塞感と、充足感。

満ち足りた、空間。やがて薄れて行く空気。

部屋は畳みと洋間の和洋折衷で、窓からは大型のパチンコ店が見えた。

吹雪く雪の中で、パチンコ店から大音量の歌が流れている。

人の通りは吹雪いているせいで知ることが出来ない。

こんな感じを昔どこかで味わった気がする。

既視感。

そうだ、あの東京タワーだ。

閉じ込められて、ふたりぼっちで、世界が終わってしまったような、景色。

「なあ、ラーメン食べる?それともテレビ塔行く?時計台行く?」

くすん、と鼻を鳴らすサンジに眠い、と言って、思いきり蹴られた。

「てめえ、北海道まで来て惰眠むさぼろうとしてんじゃねえよ、

馬鹿か、満喫しろっての、あさってにはさようならなんだぞ」

畳みの上にごろごろとなりながら文句を言って、もう1度くすん、と鼻を鳴らす。

「想像してるよりもずっと寒いかも、って思ってたけどそれよりも

もっともっと寒かったなあ。さすが北海道だ、あなどれねえ」

ごろごろ、と畳みを転がりながら、なんか暖かくて眠いな、とサンジはのんびりと言う。

「当たり前だろ?昨日寝てねえんだから。興奮して眠れないー、って付き合わされたほうの身にもなれよ」

ソファーに座りながらテレビのチャンネルをつけた。

画面のなかの世界は白々しく、どこへ行っても変わりがない。

「とりあえずラーメン、ラーメン食べたら眠ってもいいぞ。あ、そうだ。

こうしよう。昼寝して、夕飯ラーメンにしよう。よし決まり。布団敷けよ、ゾロ」

むくり、と起きあがり、早くしろ、とぐちゃぐちゃになった髪のままで言って、またごろん、と横になる。

眠いー早くしろー、ごろごろと畳みの端から端まで転がるサンジのセーターの裾がめくれて、白い腹が見えた。

腹冷えるぞ、どさり、と布団を放り投げて言った。

「うるせえ、てめえ、俺様の腹筋に欲情してんじゃねえぞ」

布団を敷いて、サンジはいそいそとパジャマに着替える。

わざわざ北海道まで持って来た、お気に入りの分厚い生地の、白いパジャマ。

どんなに短い眠りの間でも、パジャマに着替えないとサンジは眠れない。

「するかよ」

「どうだか」

布団から顔だけ出して、4時になったら起きような、そう言って

まあるくなって、あっというまにサンジは眠ってしまった。

テレビを消した部屋に、すうすう、とその寝息だけが聞こえる。

興奮して眠れない、と明け方近くに俺の部屋へやって来て、俺が眠れないのに

おまえは寝るのかよ、と、朝までビデオを見せられた。

サンジが持ってきたビデオは北海道の、富良野に暮らす親子の、

小さな頃、テレビでよく見たドラマだった。

いまから北海道の気分に浸ってしまおう、と本当に興奮して

眠れないらしいサンジは、あくびひとつせずに楽しそうに画面に見入っていた。

物語のなかで、いつのまにか父親は年をとり、子供達は大人になっていた。

時間の流れを感じるなあ、持ち込んだするめいかを噛みながらサンジはそんなふうに笑った。

物語の中盤に、不倫をしていた娘が、父親に言う。

不安なの、後悔ばかりしているの、昼間ひとりで家のなかにいると、

よくないことばかり考えてしまうの。

雪の、昼間の明るい光のなかに親子が佇む、さみしい風景だった。

この子の気持ちがわかる、するめいかを噛み続けるサンジが親子の姿を見つめて、そう言った。

青くなにもうつさなくなった画面を見据えるサンジは泣きはらした顔で、

無常だな、どんな悲しいことも、辛いことも、それから幸せも、

すべてが瞬間の出来事だよな、と言って鼻をかみ、

そして人生はつづくんだな、映画のタイトルのようなことをぽつりと呟いてから、

帰る、と、口の端からゲソをはみ出させたまま幽霊みたいな青白い顔で去って行った。

夜中のサンジはいつも幽霊のように、白くぼんやりと、ゆらゆらしていて、妙にうすっぺらい。

サンジは生命力に乏しい。

口を開けばうるさいくらいににぎやかだし、小さな頃からほとんど病気などしたこともない、

ほんとうは図太いくらいにずうずうしいのに、現実感が薄く、そこにいないみたいにして、いる。

弱弱しいのとも少し違うが、ひっそりと、静かに、

ふい、とそのまま消えてしまいそうに、それでもいつもそこにいる。

―不安なの、後悔ばかりしているの

サンジのなかにはサンジだけのなにかがあって、そこには誰も踏み込むことが出来ない。

かたくなで、さみしいままの心。

なにひとつ続かない、終わって行く、それでも人生は続いてゆく。

吹雪きから隔てられた温かな部屋にサンジの寝息だけがする。

まあるくなったままぴくりとも動かない、布団の下にある白いパジャマの抱えられた膝。

ソファーに身を沈め、そのまま目を閉じた。

―不安なの、よくないことばかり考えてしまうの

         

         

目を開けると外は真っ暗で、暗いままの部屋の小さなひとりがけのソファーに、

サンジは膝を抱えてまあるくなったまま音を消したテレビの画面を見つめていた。

時計を見ると時刻はいつのまにか8時を過ぎていた。

「起きた?」

「・・・ああ。・・なんで起こさねんだよ、ラーメン食いたかったんだろ」

なんかさ、と、膝を抱えてソファーの上でサンジは静かに、ゆっくりと喋る。

知らない場所でガーガー眠ってる顔見て、どこでも寝顔は変わんねえんだなあ、

って思って、そういえば俺達の部屋以外で眠ってる姿なんてはじめて見たなあって、

そう考えたらなんか起こせなくなっちまった、変かな、変だよな、起こせなくてテレビ見てた、

テレビもどこも変わんねえよな、どこに行っても一緒だ。

まあるく膝を抱えて、その上に顎を乗せてゆったりとしたリズムでそう言う。

夢の続きみたいに、ぼんやりと白い顔が小さく闇に浮かんでいた。

飯どうしよう、昼間も食べてないよな、そういえば。

膝を抱えるのはサンジのくせだ。

小さくまあるくなって、なにかをひとりきり耐えているみたいに見える。

         

向いの大型パチンコ店の上の、ジンギスカン食い放題であきらめることにした。

ラーメンは明日だ、吹雪きのなかの信号を渡りながら言うと、うん、と笑って、

それから凍った道に思いきりこけて、もっと大声で笑った。

なにしに来てんのかわかんねえな、昼寝しに来たのかな、俺ら、

今日ってイブイブなのにな、ロマンチックどころじゃねえな、

なんかこの若さで枯れちゃってるみたいだな、じいさんだな、

あ、このエビチリ美味い、ん、ジンギスカン食いに来たはずだよな、

ジンギスカン食い放題なのにさっきから俺肉食ってねえな、

でも、あの変なデザートは食べる気しねえな、すげえ色、

道路、見たか、雪の上に雪が固まっちゃってんだよ、すげえよな、

一体どんだけ降れば気すむんだろうな、雪も、肉、それ焼けてるぞ、

もしかしてさ、大通り公園とかライトアップされてて綺麗なのかもな、

阿寒湖とかってマリモがいるんだよな、おまえのその緑のセンスのねえ髪の毛、

なにかに似てるってずっと思ってたけどさ、マリモに似てんだな、はは、

あ、あのウエイトレスの子かわいい、ビール飲み過ぎて腹きついな、

そろそろプリン食べようかな、ああ、そういえばカニがない。

べらべら喋って食べて、飲んで、笑って、サンジはとても楽しそうだった。

部屋に戻って今度は一緒にまあるくなって寄り添い、手を繋いで眠った。

不思議なくらいよく眠れる日だった。

眠りはとても深くて、どんな夢もみなかった。

         

         
後編へつづく