ライライラライラ。

 

 

 

そいつが背中の後ろを通り過ぎたとき、一緒になにかが、通って行った。

なにか、っていうのが恋の予感とか、そういうものだっていうのはあまりにも陳腐だ。

だけど、そうだったんだから仕方がない。

あれ?と思って振り向いたらそいつはレジのところにいて、ナミさんと話をしていた。

親しそうに、楽しそうに。

というのはそいつの背中から感じとったことで、顔は見えなかった。

ジョニー・ロットンみたいなぽよぽよのヒヨコヘアーで、でもけっこうガタイが良くて、

それでボロボロのジーパンを履いていた。

なんとなく、そういうのは好みだった。

ヒヨコみたいなのとか、肩のラインとか、汚いジーパンだとか、そういうもの。

ナミさんと話をして、それが終わるとそいつはさっさとと帰って行った。

それでレジのところでごちゃごちゃやってるナミさんのところに言って聞いた。

あいつ、誰?

そしたらナミさんは、ゾロよ、って言った。

レジのところにはミッキーマウスの人形が2匹尻を向けたかっこうで青いじゅうたんの上に転がっている

写真と、水槽の青い中に浮かぶ黄色っぽい金魚の写真、それらのポストカードがあった。

これ、納品に来たのよ、とナミさんが言って、俺はその写真も好きだ、と思った。

あの背中から感じる雰囲気とはまるで違っていて、かわいらしくて、

それでもってアート気取ってて、とても好みだ。

俺は14で、ガキだから、そういうおしゃれっぽいものに弱かったっていうのもあったけど。

あいつ、何歳。

ナミさんはちょっとだけ考えるようにして、それから、21よ、と言った。

大学生?

そうね、そうだって言ってたわ。

ここのお客さんなの?

ここ、っていうのは1点ものの服とか、アクセサリーとか、

他に写真集とかポストカードとかおもちゃとか、そういうものが置いてある、

ナミさんのやっている素敵なこのお店のことだ。

狭くて、薄暗くて、ずっと聞いてたら頭がおかしくなりそうな曲ばっかかかっているような、そんなとこ。

店も好きだけど俺はナミさんがもっと好きだった。

綺麗で、いい匂いがして、学校にはいない、大人の女だ。

お客さんだったんだけどね、最近はこうやって自分の商品卸すときにしか来なくなっちゃったわね。

ナミさんはそう言って笑う。

笑うと小さくえくぼが出来て、俺はナミさんのそういうところも好きだった。

ギャップ。

俺は昔からこういうギャップっていうのに弱い。

不良少年が雨の日に子猫にやさしくしているみたいな、あれだ。

一遍でぐっときてしまう。単純だ。

サンジくん、ゾロが気に入ったの、とナミさんが言って、

俺はなんでか素直に、うん、と返事をしてしまった。

なんか、通って行ったかんじがした、そういうのってはじめてだ、

と言ったらナミさんは運命みたいで素敵ね、と笑った。

小さなえくぼがかわいかった。

 

 

1週間後にまたナミさんの店に行った。

学校へ行くのが面倒臭くなって映画館へ行って

弁当を食べながら映画を見て泣いて、それからナミさんの店に行った。

ひさしぶりね、ナミさんはそう言ってレジの前の椅子を勧めてくれた。

俺はナミさんのお気に入りだ。

若くて珍しいのと、それからナミさんが気に入っているフランス映画に出てくる

小さな男の子に雰囲気が似ているんだそうだ。

開店したばかりの店は俺のほかに誰もお客さんがいなくて、でっかい音で音楽だけがなっている。

ゾロは来ないの?

ああ、そうね、1ヶ月に一回くらいしか来ないわね、

なによ、サンジくん、そんなにゾロに会いたいの。

どんなやつだかわかんないし、話てみたりしたい。

椅子をくるっと回して言った。

俺は14で、まわりには子供しかいない。

パティとかカルネとかじじいのとこのレストランにいるやつは別だ。

大人の知り合いがいるとかまわりのやつらが知らない世界を

ちょっとだけでも知っているっていうそういう気分が好きだった。

ああいう変な写真とか撮ってジョニー・ロットンまたはシド・ビシャスみたいな

あんなかんじの知り合いがいたら楽しいだろうと思う。

けどそれだけじゃない。

どんなやつって・・・そう言えばゾロ、チュッパチャップスが好きよ、

しかもコーラ味のしか食べないの、とナミさんが言って俺は閃いた。

ゾロと仲良くする方法。

それで近くのコンビニまで走って行ってチュッパチャップスのコーラ味を3本買ってきた。

そして手紙を書いて、チュッパチャップスと一緒にナミさんに渡した。

ラブレターね、とナミさんが笑って、忘れないようにここに貼っておくわね、

とチュッパチャップスと手紙を、レジの脇のところの壁に貼った。

ラブレターじゃなくてファンレターだよ、と俺は言ったけど、

どっちにしても意味は一緒のような気がして

ナミさんが笑っても椅子をくるくる回すことしか出来なかった。

 

 

10日してまたナミさんの店に行った。

そしたらレジのところの手紙とチュッパチャップスがなくなっていて、

興奮してナミさんに、ゾロ、来たの?と聞いた。

来たわ、昨日の午後、それで喜んでたわよ、チュッパチャップス舐めてたわ。

手紙も読んでくれただろうか、と思って有頂天になった。

けれど有頂天になった俺の気分にナミさんが水を差す。

ゾロほんとにチュッパチャップス好きよね、まえに酔っ払って

舐めてたチュッパチャップスを口の中から横取りしたら怒ってたわ、本気で、子供よね。

間接キス。

という単語が頭に浮かんだ。

夜、俺が家で眠っているような時間。

そういうときもふたりは起きててお酒を飲んだりして、騒ぐのだ。

そして酔っ払ってそういうこともする。

大人ってずるい。

俺のほうがずっとゾロを好きなのに、と思った。

そういうふざけたことなんてできないくらいに。

1度しか会っていないけど。

あっちは俺のことなんて知らないけど。

ラブレター?なんてからかいながらナミさんは平気でそういうことをする。

大人ってきたない。

むっつり黙り込んだ俺にナミさんは、お昼ご飯行くけどサンジくんどうする、

と聞いてきたけど、帰る、とそっけなく答えることしか出来なかった。

昨日の午後にゾロが来た。

だけど俺がここに来たのは今日だ。

このズレが、なにかを象徴しているような気分になった。

 

 

次に俺がゾロに会ったのはナミさんの店じゃなくて家具屋だ。

家具屋のソファーでぼうっとこんなのが部屋にあったらいいな、と思って

でも値札の350000っていう数字を見て無理だな、と足を投げてだらしなくそれに沈み込んで

しばらくぼけっとしたあとに隣に誰かが座ったので顔を上げてそっちを見たらゾロがいた。

ヒヨコみたいな頭で、汚いジーパンで、横顔がかっこよくて、その横顔で値札を見てた。

あっ、と思って固まった。

どうしよう、ゾロだ。

ゾロが、いる。

そりゃないぜ神様。こんなのは不意打ちだ。

思わず心の中で十字を切った。

そしたら値札から目を離したゾロがこっちを見て

そして、高けえなこれ、と話しかけてきた。

ゾロが、俺に。

なんて答えればいいのかわかんなくて―だってファーストインプレッションは大切だ―

へんな間をあけてから俺は、うん、とだけ言った。

うちの近所の歯医者にこれと色違いがあるよ、その歯医者は金持ちで

イタリア製の外車に乗ってて、だからソファーもイタリア製のって決めてる勘違い野郎なんだ、

とかも言おうかな、って思ったけど言えなかった。

聞いてねえよそんなこと、と思われたら嫌だった。

それは嫌だけどゾロのまとってる空気はやっぱり好きだった。

会話がそれで終わってしまったのでどうにかしなければと思って俺は

チキチキマシン猛レースの絵のかいてあるカバンの中から

チュッパチャップスを取り出して、ゾロにやった。

コーラ味の、チュッパチャップス。

最近ずっとこれをカバンの中にしのばせている。

それで舐めながらゾロとおそろいとか思ってるのだ。

アホだけど、そういうのは楽しい。

無言で差し出されたチュッパチャップスにゾロは不思議そうな顔をして、

そのあとに、あっ、って言った。

おまえ、もしかして、ナミの店の。

うん、そう。

顔が赤くなってないか心配しながら俺は返事をして、ちゃんとコーラ味だよ、と補足した。

チュッパチャップスを俺の手の中から受けとってゾロは、俺の顔をじろじろ見ながら言った。

ナミが言ってたとおりだな。

ナミさんが?なんて?

余計なこと言われちゃってるかも、と思って身構えた。

ナミさんはいい人だけど毒舌で、それで遠慮がなくて、なんでもかんでも人に喋る。悪気はない。

心臓をばくばくいわせていたらゾロが見透かしたようにふふん、と笑って、それから言った。

かわいいって。

その笑顔に思わず鼻血が出るかと思った。

350000のソファーを弁償するはめになったらゾロのせいだった。

手紙ありがとう、ともゾロは言った。

手紙。

そうだ、手紙だった。

でもなんて書いたかもう忘れた。

青い色について書いたような気がする。

いつも心にある光について。

おまえこれからどっか行くの、とゾロが聞いて、ほんとうはじじいに早く帰れと言われてたけど

そんなことはもうどうでもよかったので、どこも、どこも行かない、だから暇、と返事をした。

じゃあ飯食い行かねえ、腹減った、とソファーから立ち上がってチュッパチャップスの袋をビリビリ破いて

ボロボロのジーパンのポケットに突っ込んで、そしてゾロはチュッパチャップスを口の中に入れた。

夜ベットの中に入っても全部ちゃんと思い出せるようにじっとそれを見た。

エレベーターの赤い部屋の中で、おまえいくつ、とヒヨコ頭を掻いてゾロが言った。

ゾロの頭はヒヨコみたいだけど、それは黄色じゃなくて緑色だ。

縁日で売っているようなヒヨコの色みたいな頭だと赤い部屋のなかで思った。

14、と言ったら若いな、と笑われた。

からかわれて、おもしろがられているのかもしれない。

外に出ると暗くて、目の前をバイクが走って行ってびくっとなったら、ゾロはそんな俺を見て笑った。

ゾロは白いTシャツを着てる。

胸のところになんかいろいろ書いてあって、それなんて書いてあるの、と聞いたら

気狂いピエロの最後のセリフを白いTシャツにシルクスクリーンで入れた、と言って、

ゴダールが好きなの?ってまた聞いたら、映画は眠くなるから好きじゃない

と出したままのチュッパチャップスを口に入れなおした。

どこ住んでるのとか、どこの大学行ってるのとか、彼女いるのとか、名字なにとか、

いろいろ聞いてみたかったけどどれも聞けなかった。

重要な情報だけど、それほど重要でもないような気がした。

もっと他に言うべきことがきっとある。

それがなにかわからなくて黙ったままゾロの隣を歩き続けていたら、

おまえ、名前なんて言うんだっけ、とゾロが聞いて、手紙に書いたような気もしたけど

忘れたのかな、と思ってちょっとかなしい気持ちで下を向いたまま、サンジ、と答えたら、

サンジ、とゾロの声が呼んでその声に顔を上げると笑顔のゾロと目が合って、眩暈がした。

もう1度サンジ、と呼ばれて、ほんとうは好きではない自分の名前がゾロが呼ぶだけで

とてもいいもののような気がしてしまって困ったので目を逸らせて、なに、と小さい声で言った。

あ、とゾロが言いながら口を開けるので、あ?と聞き返して口を開けたら、にやり、と笑って、

そして、そのまま、俺の口に舐めかけのチュッパチャップスをぽいっと入れてよこし、

突然口の中にコーラの味が甘く広がって、これでキスなんかしたらコーラ味だな、と馬鹿なことを考えた。

 

 

END