メリィメランコリィ。

 

 

 

 

くだんねえ、と言ってゾロがテレビのスイッチをぷちんと消した。

エアコンの壊れた部屋のなかはムシムシとしてふたりとも汗だくで

だまったまま開け放った窓から、ミンミンミンミン、セミが鳴いているのを聞く。

上半身裸のゾロの背中を汗がつう、と流れていって、思わず欲情した。

夏は毎年夏だけど、おなじ夏は2度とこないよな。

自分でもわけのわかってないことを言ってみたら、それを無視してゾロが、

アイス食いてえ、と唸るようにつぶやいた。

麦茶を入れたコップが汗を掻いて雫がでっかい玉になっている。

冷やし中華の金糸玉子、あれけっこうコツがいるんだぞ。

その俺の言葉も聞いてないふりのゾロが、アイス、食いてえ、

コンビニ行くのめんどくせえ、いっそコンビニ住みてえな、と言って

でっかい雫だらけのコップを持ち上げて、ゴクゴク喉を上下させてなかの麦茶を飲み干した。

風呂入りてえな、とゾロが言って、俺も、と言ったら、水風呂がいいな、と言うので、

俺も、と言って、そしてミンミンセミが鳴いた。

 

昼間の風呂場は電気を付けなくても、光がふんだんに差し込んでいるそのせいでとても明るい。

バスタブにふたりは入りきれなかったかったので、俺は洗い場に座り込んでシャワーに打たれた。

ここへ来るときははいつも大家さんの家の庭を通る。

大家さんの家の奥の、へんな立地にこの部屋のあるアパートが建っているからだ。

大家さんの家の縁側にはいつも、俺よりちょっと年上の

少し知能の遅れた息子さんが座っていて、

人が通ると嬉しいのか奇声を上げながら抱きついてくる。

無心で、まるごとで、腕をぎゅうっとさせるのだ。

そして大家さんの家の庭には、ひまわりが咲いている。

風呂場の窓からは、座っていると見えないけれど、

すぐ隣の中学校の校庭が見えて、ときおり歓声とかが聞こえてくる。

体育の授業中とか、休み時間とか、放課後とかはいつもそうだ。

シャワーに打たれながら窓を見上げると、青空と木の枝だけが見えた。

緑が光にたくましく揺れる。

一瞬で、永遠の夏。

そういうものの世界に行けたらいいのに。

終わってゆくもののなかのただなかでの物悲しい気分、夏はいつもそうだ。

はじまったとたんに終わりを思ってしまうようになる。

ふいにバスタブの中の天井にゆらゆらとうつる影を目で追っているゾロの横顔に見とれる。

横顔を見つめて、シャワーに打たれて言った。

甲子園とか行ってみたかったりした?

別に。

じゃあ沖縄?

別に。

湘南とかは?

別に。

神宮のとこのプールとか。

別に。

クアラ・ルンプールとか?

どこだそれ。

夏なのになー。

そりゃ、夏だな。

ぱちゃぱちゃとゾロが風呂の中の水をシャワーに打たれる俺にかけて笑う。

俺たちは高校が一緒だった。

高校2年の夏に、誰もいない教室で、好きだ、って言われた。

うん、俺も、と言ったら、そういう意味じゃねえ、と怒ったような低い声が言って、

窓の外の遠くの海が銀色に光って見えた。

夕日に照らされたゾロが、好きなんだ、どうしようもないんだ、なあ、どうしたらいい、

と言って泣いて、俺はなんだか悲しくなって、ぎゅっと夕日色のシャツに抱きついた。

夏の夕暮れは、だからいつも少しだけ、せつない。

シャンプーを山盛り髪にすりつけて、冗談みたいな泡をたてて、わしわしそれを洗ってやった。

おかゆいところございませんか?

別に。

なあ。

なに。

ジョン・トラボルタが女に髪洗ってもらう映画みたことあるか?

ねえ。

すげえ、幸せそうなシーンなんだよ、幸せで、それでせつないんだ。

ふうん。

終わるからな、もうすぐ死ぬかも、ってそういう設定なんだ、トラボルタ。

ふうん。

ゾロの部屋には洗濯機がなくて、だから洗濯をするときは

この部屋から10分歩いてコインランドリーに行って、する。

あのでっかい黄色いやつで乾燥もさせる。

黄色いやつが回り終わるまで、ぼう、っとふたりで目の前の線路を見ていたりする。

黄色い電車がときおりそこを通って行く。

黄色いやつで乾燥させた洋服やパンツは、いつもほわっとあったかい。

あれを山盛り掴んで顔を埋めるのが好きだ。

目を瞑ったゾロの顔をその頭越しに除き込む。

流れてきた泡でゾロの顔はとろとろと泡まみれだ。

セミの声がする。

なあ。

ん。

夏だな。

ああ。

毎日毎日アホみてえに暑いよな。

ああ。

夏ってさ、ぜんぶなにもかもつめこんだみたいに、凝縮されて濃縮されて、

なんでもかんでも色が濃くて、頭変になるよな。

わけわかんねえ。

でも終わるよなー。

ああ。

秋が来たらさ。

ざばーーー、とシャンプーの泡を流してぴちゃぴちゃとその頭を叩いた。

風呂場に差し込む金色の光のなかで犬のようにふるふると頭を振ってゾロが、

秋が来たら、なんだよ、と言うので、その光にちょっと目を細めて、笑った。

秋が来たらさ、栗ご飯作ってやるから一緒に食べような。

ご飯より栗のほうが多いくらいの、ご飯栗みたいなの作るからさ。

シャンプーの匂いがうっとうしい緑の髪を指で梳きながら言った。

まずはアイスだ、コンビニだ、コンビニ、と言いながらゾロは風呂場から出て行く。

校庭でボールを打つカキン、という音がした。

風呂場にひとり残されて、泡の浮いたバスタブに沈みながら俺は

女に髪を洗ってもらうトラボルタの、あの幸福そうな顔を思い出す。

コンビニじゃなく、と思ってぱっしゃん、と水面を叩いた。

終わらない夏のどっかの国に、ふたりで行きたかった。

 

 

FIN.