愛なんてすばらしいわけがない きっかけと言えば終電がなくなって、 じゃあこれは先輩お願いしますね、 と彼に預けられてしまったからなのだ。 隣のクラスのあの子も、となりの席のゆりちゃんも、実は保健室のあの先生も、 こいつが好きだって噂で、だけどこいつは少しも興味がなさそうで、 だから実はホモなんて ひそかに囁かれてたり、する、 そいつになんで、覆い被されてるんだろう、と暗く空気の篭ったような 蒸し暑い部屋で、アルコールのせいで乾いた喉から、 先輩のせの字がうまく出てこないことに、少し苛立ちながらサンジは思った。 せんぱあい実はホモって、実はほんとなんですかー、と笑い話に、いつもならしまえそうなのに、 暗がりでねっとり熱の膜を張った目が、やけにシリアスぶっていて、ちゃかすこともままならない。 緑の髪は、色を落として闇に浮かぶ。 ピー、ポ、ピー、ポ、ピー、ポ、と窓の外で音がして、その音に、彼のあついなという声がかぶさった。 熱い?体が?暑い?って空気が?とアルコールの残ったままの頭の中で、テレパシーのように語りかけたけれど、 それが彼に通じるはずもなく、汗かいてきた、とそのテレパシーを無視して声が聞こえた。 その声の言うとおり、手のひらはじっとりと汗ばんでいて、それが胸をまさぐるのがひどく気持ち悪かった。 おめーはよ、酔っ払ってんだからよ、俺もなんか酔ってるしよ、でもなんかおまえアホっぽい顔で寝てるし、 ボタン3つくれえ外れてっし、そう、だいたい酔っ払ってんだよ、だから、 そんまんまじっとして、触らせろ、そんまんま寝てていいから、 と、顔を覗き込んで胸をまさぐる彼が、唐突に言った。 背中の畳みまでじっとりと湿って不快で、 彼の口調は酔っ払いのそれなのに、シリアスさがその目から消えて行かない。 きゅ、と乳首をつままれ、驚き体をびくりとさせると、感じるか、と掠れた声で言う。 首を振ると、しかめっ面で、っかしいなあ、と彼がひとりごち、汗の匂いが部屋中に漂い、今度は舌でそこを舐られる。 ん、ん、あ、と咳払いをひとつして、窓、開けてください、そう上の彼にささやけば、 かぶさる体が一瞬だけ窓際へ移動して、ぬるう、と夜風が入り込んで来る。 窓際から彼が手招きをした。 シャツの前をはだけさせ、彼の傍へ寄れば、彼はサンジを腕に抱き、 その暑苦しい格好で、な、こっちのほうがぜんぜん涼しいだろ、と耳元で言った。 夜風に頬を撫でられる。 おまえシャンプーなに使ってんの、と彼が背中越しに言う。 その息はきっと酒臭いのだろうけれど、おなじような息を吐くサンジはそれを感じない。 スーパーマイルドシャンプー、みどりのほう、と言うと、みどりのほう、と繰り返して彼が笑った。 首に、髪に、息がかかる。 なにやってんの、掠れた声で言った。 乾いた喉からはうまく声が出てこない。 匂ってんだよ、うしろの彼はそう言いながら、サンジの胸を、汗ばむ手のひらでまさぐり続ける。 な、気持ち良くねえの、と肩越しに彼が訊ねる。 せんぱあい、と、言ったサンジの声は、夜の気配に似合いの甘さで闇に響いた。 せんぱあい、のど、かわいた、おれ。 くき、と首の筋が鳴る。 あーん、となにか食べ物をねだる幼児のように言って、口を開けた。 そうして、彼の唾液が、与えられる。 畳みに擦ったせいで肩のところがお湯にしみてひりひりと痛む。 後ろの穴からは異物感がいまだ消えて行かない。 石鹸をわしわし泡立てては湯に流す。 その繰り返しでいい加減こんなところに閉じこもっているのにも飽きた、 と思いながらも、泡を立ててはそれを流した。 文化祭の縦割りで、おなじグループになってしまった。 けれど準備にも行事にも参加しなかったふたりは、一度も口を聞いたことがなかった。 ゆりちゃんと仲良くなりてえなと行った打ち上げ会場の居酒屋の端のほうに なぜか彼も居て、そのゆりちゃんと自分の間に無理やり入り込んできた自分狙いのブスがうざかったので、 逃げるようにして端へ端へと行けば、いつのまにか彼が隣に座って酒を飲んでいた、それだけなのだ。 なのに、おまえなあ、サンジ、と突然にこちらを見て彼が言ったのだ。 「そんな前髪なげーと、目、悪くすんぞ、おまえ」 前髪を、ぴ、と掴まれて、そして笑われた。 彼の隣にいた彼の友人が、 サンジ、キューティクルすげーなおまえ、と言って彼とおなじようにして笑った。 おまえ色も白いな、と顔を覗き込む彼が言って、 彼の友人が、おまえちょっと前髪上げてみ、と サンジの額を丸だしにして、かわいいかわいいと爆笑し、彼も笑った。 いつも仏頂面で強面の彼が、ずいぶんとご機嫌のようだった。 適当に笑い、すすめられるままに酒を煽った。 頭を撫でられ、髪を摘まれ、頬を引っ張られ、さんざん弄られて、気付くと手首を握られていた。 なんですかこれ、と言えば、彼は笑って酒をグラスに注いだ。 くるっとそこに回された指のせいで、血が流れている音が彼へとと伝わって行く、そんな居心地の悪さがあった。 9月の夏より高くなった空が、風呂場の窓から見える。 暗がりで、彼の裸を見た。 男の裸なんて見てもおもしろくなんかない、 なのにそれが暗い中にあるだけで、目の前の体がいやに艶かしく、 そしてふたりはいやらしいことをしているのだ、とサンジに思わせた。 彼が汗ばんだ手のひらでそうしたように、まさぐるように、彼の肌に触れた。 汗でぬめった肌は呼吸を繰り返して動く。 指の先でそっと、突起に触れれば、エロいことすんな、と彼が笑う。 先輩もしたじゃん、と言ってサンジはそこに舌を寄せた。 どきどきと心臓の音がうるさかった。 どこからか先ほどまでの学校のやつらが出てきて、なにやってんだおまえら、と騒ぎ出しそうで、 ジジイが、馬鹿か、男の乳首吸ってんじゃねえぞチビナス、と ドアを開けて怒鳴り出しそうなのに、怯えるような、後ろめたさを感じた。 サンジにそこを舐められながら、目を瞑り彼は自分のペニスを擦った。 それを見つめ、はあ、と吐いたサンジのため息には、媚びるような甘さがあった。 サンジ、と興奮しきった声で彼が言い、顔を上げればせつないほど拙いキスがやって来た。 玉になって、そして溢れるように垂れる汁に、舌を伸ばす。 苦えか、と彼が囁くように言う。 しょっぱにがいよ、と答えれば笑い、彼の腹筋が震えた。 大きな手で、擦るのを、彼はやめない。吸い付くように先に唇をあてる。 彼の手に擦られるペニスから流れ出る液体を吸った。 部屋の中にはふたりしかいないはずなのに、空気が濃くて、息苦しさまでもを感じていた。 背中に汗が浮くのを感じ、無意識に揺れる腰は、畳に押し付けられ、 足りない刺激を求めサンジは彼の手を握り、そこへ導き笑ってみせた。 息をひとつ吐いて、亀頭を口に含む。皮膚と精液の味がした。 口を動かすたびに、いやに派手な音が響いて顔が赤らんだ。 手放せない理性が、すげえ音、と自分をからかい、 サンジを名前を、情けない声で呼んで、彼はそこから生臭いものを吐き出した。 シャワーのお湯は排水溝へ流れていく。 代休明けの火曜日の、1時限は数学で、一度わからなくなると ずるずるほんとにわからなくなるのよ、と担任が言ったとおりに、サンジには すでに、黒板に書かれた変な記号がなにを意味するのかすら、わからない。 54ページ開いてください、という教師の声に、折り目のついた8ページからずっと先の、 そのページに折り目をつけるために手のひらで教科書を押しながら、窓の外の夏より高い空を見上げた。 パンツ脱いじゃうと、どうも人は間が抜けてしまっていけない、などと、うわの空の耳に、 じゃあこの練習問題を、・・サンジくん?窓の外になんかあるの?なにか見えた?と、教師の声が届く。 わかりません、と言うタイミングを待ちながら、チョークを片手に、ヘコヘコ腰を動かす彼の様子を思い浮かべた。 情けない声でサンジの名前を呼びながら、ヘコヘコ腰を動かして、赤い顔をする彼は、 いまこの校舎のどこで、なにをしているのだろう、と、思いながらチョークを片手に教壇に立ち、 なかなかこの問題とけねーなー、という顔だけ、してみせる。 いっちにーさんしーにーにーさんっし、と掛け声が校庭から聞こえる。 彼の指がサンジのペニスをゆるやかに擦り、もっとつよく、そう言ってしがみつけば、 せんぱいもっと、って言ってみな、そっちのがエロいから、と 頭の弱そうなことを言ってにやけた彼を思い出しながら、 サンジは、できませえんわかりませーん、と教師を振り向いた。 「なんか前髪伸びてっぞ、おめえ」 ドアを開けたとたん、サンジの前髪を引っ張りそう言う彼の髪は緑色で、 だからよく、教員室の前の廊下で教師に説教されているのを見かけた。 「昨日の今日で伸びっかよ」 ロロノア、休み明けには黒に戻すって言っただろー、おまえー、 あー、わすれてました、わすれてたじゃないだろ、せめて茶色にしろ、茶色、 でも俺みどりが好きなんで、というやりとりを何度も聞いた。 前を通れば、目が合った。 一度、あれも注意したほうがいいんじゃないですか、長すぎますよ前髪、 と廊下を通り抜けるサンジの背中に声がかかり、振り向くとやはり目が合った。 他人の前髪なんかどうでもいいから、おまえは自分の髪の色をどうにかしろ、と教師があきれて言った。 前髪を引っ張っていた手が、髪を上げて、額があらわになる。 それを見て彼は、くっくっく、と笑う。 「上がれば」 せんぱあい、と言った。 ぐじょぐじょになった下着を撫でて、すっげーな、と たった40数時間前に彼の言ったセリフが耳のところで、彼の声でこだまする。 布に擦られて、それを一枚へだてたところに彼の手があって、いやらしい音がして、 腰は浮きはじめ、口など半開きでだらしがなくて、部屋の中の薄暗いところに彼の裸の胸があって、 サンジが吸い付き汗以外のもので濡れた乳首が立っていて、やけに早いリズムを刻む胸の音や、 パンツを脱いだときのスースーとして心もとない、だけど熱いそこを触って欲しくてたまらない気持ちや、 唾液でぬるんだ彼の唇の感触や、めりめりと、本当に音がしそうだった後ろの穴に 受け入れるときの痛みを、思い出しながら彼の顔を見た。 40数時間前の記憶は、温度もにおいも感触も感覚もはっきりとしすぎていて、 飛び込み台の上からプールを覗き込む気分で、玄関に突っ立ったまま、サンジは思う。 これは、どきどきと心臓が鳴る感じ、楽しさも、少しの怖さも体が知っている、 癖になるようなそれをもう一度したくて、水面を覗くあのときの気分だ。 なのに、その水面を、いちにのさんで飛び込むのを躊躇し、 彼が背中を蹴り落としてくれるのを待つ、サンジはまだ、飛び込み台の上に突っ立ったままだ。 玄関のドアが閉まり、キスなどされて、するとサンジのペニスはもう次のことを期待しズボンの中でそのときを待ち始める。 玄関のドアに背を預け、彼の口に含まれた。緑の髪を掴む。 せんぱあい、うしろがさみしいよお、などと、言う日がいつか来るだろうか、とヘコヘコ腰を動かしながら思う。 ずぽずぽと彼が口を動かす。 臀部から震えはせり上がり心を突付き、 指の中で握りつぶされる緑の髪は鮮やかに目に焼きつき離れない。 あふれ出す音に唇を噛んだ。 おわり