なめらかプリン

 

 

 

 

 

同居人のゾロはアホ面で馬鹿面でぱっと見クールっぽいのに

甘いものが好きで、そのなかでもプリンが1番好きらしい。

とくにコンビニの焼きプリンが大好きで会社の帰りなんかによく買ってくる。

いそいそとふたを開けてつるんつるん、と食べる様子はアホのくせにとてもかわいい。

それからゾロは猫に嫌われても嫌われても我慢強く忍耐強く

どうにか懐かせようと頑張っている。ああ見えてけっこうけなげだ。

猫ってのは俺が飼っている猫で、ナミさんが名前をつけた。

ナミさんは俺の元彼女、いまは人妻だ。だけどそのことについてはあまり考えたくない。

そんなふうにして、ゾロと住むようになってから1年ちょっとが過ぎた。

月日の流れはなんと早い。あれからもう1年が過ぎたのだ。

最近といえばゾロによく電話がかかってくるようになった。

それはビビちゃんという女の子からの電話で傍にいると怒って

猫にやるみたいにしっし、と邪魔にされるのでとても腹が立つ。

付き合ってるの?とか、もうヤった?とか聞くとめちゃくちゃ不機嫌になる。

ゾロはああ見えてけっこう秘密主義なのだ。

 

 

「なー、サンジィー。」

ルフィが背中に乗りあがって俺の髪をわしゃわしゃかき混ぜる。

はっきり言ってものすごくうざい。

「うっせえ邪魔しに来たなら帰れよサル。」

「邪魔じゃなくて遊びに来たんだ。」

「じゃあ大人しくしてろ。」

「やだー、遊んでくれよー。」

「俺は仕事なんだよ。」

「つまんねえよ。」

「だったら帰れ。」

「やだ。」

ルフィは社長の息子で暇になるとこうして事務所に遊びに来ては俺の邪魔をする。

俺の仕事は建築事務所の言わばパシリで、そのうちすっげーの造ってやるぜ、と野望に燃える平社員だ。

「それにさ、俺ゾロに会ってみてえよー。」

「話つながってねえぞ馬鹿息子。」

勤めはじめてすぐの頃、俺は社長の家に居候していた。

ご飯作ってくれる人がいるっていいなあ、男やもめってのはさみしいもんでさあ、と社長は言っていたが、

しおらしいことを言う男が実は赤く派手な髪の色とおなくじくらいに派手に遊びまくっているのを俺は知っている。

そんな親子は俺のことを社員というよりお手伝いさんもしくは親戚のおにいさんくらいにしか見ていない。

「だってさー、住むとこなくなったんだったらまた家くればよかったのにゾロと住んでるじゃん。

サンジそういうの嫌いそうなのにさー。」

「嫌いそう?そっか?」

ゾロと住むことにしたのは、はじめて会ったときにあいつが

なんだかわからないけどグラスに水しかも水道水を入れてよこしたからだ。

ふつうコーヒーくらい入れるよなあ、と思って思わず口にしたら、

あいつはそこではじめて気付いたみたいにお湯を沸かしはじめて、

その慌てた様子に、こいつもしかしていいヤツかも、と思ったからだ。

気がまわらないだけで、いい人なんだ、と思ったのだ。

「サンジは年上とか年下とか得意だけど同い年ダメだもんな。

甘えていいのか面倒見るかどうするかどっちのポジションでもないから困るんだよな。」

「生意気に他人の分析してんじゃねえ。」

「でも当たってるってシャンクスも言ってたぞ。」

たしかにそうかもしれない。悔しいけれど当たっているような気がする。

俺はいまだにゾロにどう接していいかわからない。

友達として、それとも単なる同居人として、まったくの他人として振舞えばいいのか、なんなのかわからない。

間に置くべき壁の厚さをどう調節したらいいかわからなくて困る。

「なー、サンジんち行ってもいい?ゾロに会いてえ。」

「アレは見て得するようなもんじゃねえぞ。」

「でも会いてえ。」

「暇なんだな、てめえはようするに。」

「おー。」

「いばんなサル。」

「なー、これすごくねえ?チンコ丸見え。」

壁いっぱいに収められた資料の中から写真集を取り出してルフィが騒ぐ。

社長の趣味だろ、海外みやげ、ルフィがいなくなってすっきりした背中を伸ばしながら適当に返し、

コーヒーを入れるために立ちあがった。

猫にしろルフィにしろ、動物になつかれるのに悪い気はしない。

ただルフィはじゃれるにはでかすぎる上に重過ぎるのだ。背中がぼきぼき鳴った。

「でけえなー。」

「ばっかだなルフィ、おまえな、ガイジンはでかさで勝負、日本人は固さで勝負なんだよ。」

向こうのデスクの資料の間からウソップがルフィに言う。

ウソップは才能があって確かにすごいことはすごいのだが芸術性ばかりが先走り、

その部分で少しから回りしている。ようするに現実との折り合いのつけられないかなしい芸術家だ。

「そうかー。」

会社の連中は好きだ。たまにムカツクし、そりが合わないこともあるが、そのへんは割り切っているので楽だから好きだ。

割り切れる関係っていうのは楽でいい。あっちも適当に俺のことを好きでこっちも適当に好きでいる、そういう関係。

でもゾロはそういうんじゃないし、それに気を使わないように見せかけておいてあいつはなんだかんだで気を使ってくる。

そしてやさしい。あんまりさりげないのでわかりにくいけど、ゾロはやさしい。

打算的なやさしさとかじゃなくて、ゾロのはもっと素直に心からのってやつだ。

都会の人の人の悪さに辟易している俺にしてみればある種の感動さえ覚える。

都会の人の親切さもやさしさも、その後ろに見え隠れするもののせいで

どうしようもなく薄っぺらいものとしてしか受け取れなくなってしまった。

こういうことを思うたびに子供の頃は良かったなあー、なんて思う。田舎に帰りてえなあ、とか。

田舎から送ってきた米なんかを食っているときなんかにそういうのがぶわっと押し寄せて来て

泣きそうになると気配を察知するのかいつもは無口のくせにゾロは、アホなこととかくだんないこととかべらべら喋る。

大抵それは迷子になったときの武勇伝だったりするんだけど、そういう馬鹿馬鹿しい話を聞いて

アホみたいに笑うと、いつのまにか心とか頭とか全部がすっきりしてて、言ったりしないけど、ありがとう、と思う。

ゾロのそういう不器用なやさしさみたいのが好きだ。好きだけど、このままゾロと馴れ合ってはいけない、たぶん。

馴れ合うっていうのは情がうつるってのと一緒で、馴れ合ってしまうと喧嘩をしたら辛いし、

帰って来るのが遅かったらさみしいし、ようするに相手の行動ひとつひとつに心を動かされてしまうようになるからだ。

クールなやつはこのへん考えずに出来るのだろうけど、俺には無理だ。なんと言っても情にもろいし、涙もろい。

「なあサンジんち行ってもいい?」

思い出したようにルフィが言ってコーヒーをすする俺の腰にまとわりつく。

ほんとうにこいつらはコミニケーション過多な親子だ。

社長は毎朝オハヨウ、とイタリア人みたいな抱擁とあげくキスまでしたりする。もちろん、頬にだけど。

「今度な。」

「今度っていつだよ。」

「今度は今度だ。」

「ケチー。」

「うっせえサル。」

 

 

帰るとゾロがなぜか浮かれていた。

まわりの空気がウキウキしていて、いまにも踊り出しそうな足取りだ。

「どうしたの?」

「あ、おかえり。」

「ただいま。」

「違うぞ。」

「なにが?」

「・・・わかってねえならいい。」

「なにを?」

「ビビと付き合うことになったのか、とか言いそうだったから。」

「違うの?」

「違えよ。仕事決まったんだ。」

「おー、おめでとう。」

ゾロは医療関係の器械を売る会社の営業で、病院なんかを飛びまわっている。

ついでに言うとビビちゃんは大学病院の看護婦さんだ。

「次のボーナスとかすごいかな。したら旅行とか連れて行けよ。」

「そううまくはいかねえんじゃねえの?」

「そっかな。ま、よかったじゃねえか。これやる。」

「プリン?」

「うん。」

箱を開けてゾロはとてもうれしそうな顔をした。

プリンひとつでこうなんだったら10個でも100個でも買ってやりたいような気分になる。

ゾロのうれしそうな顔を見るのは好きだ。

普段がどうしようもない仏頂面だけあって、そのギャップがかわいい。

にゃー、ときくらげが擦り寄ってきた。

「お、ただいま。」

なおおん、ときくらげが鳴く。

「良かったね、だってさ。」

「おまえはほんと都合がいいよな。」

「都合よく解釈してたほうが世の中平和だろ、心のなかとか。」

「間違ってる場合とか、どうすんだよ。」

「幸せに勘違いしとく。」

「ふうん。」

ソファーに沈みこんでゾロがプリンを食べだし、きくらげは興味しんしんといった様子で箱の中を覗き込む。

にゃあ、にゃあ、鳴くきくらげの頭を撫でてゾロはプリンを頬張る。

たいした進歩だ。前は頭を撫でるたびに引っ掻かれていたくせに。

箱を覗くのに飽きたきくらげはゾロの膝に乗って目を瞑る。

時間の経過というものをはっきりと目で見ているような気分になって、ああ、1年とちょっとかあ、とぼんやり思った。

「うまいだろ。なめらかだし。」

「なめらかプリンだからな。」

「なめらかって、さ。」

「あー?」

「なかなかねえよなあ。」

「まあなあ。小説とか、漫画とか、映画とか、そういうんじゃなけりゃ、つまずきっぱなしがほんとうだろな。」

「ロロノアさんたら今夜はお口がなめらか。」

「浮かれてるから、かも。」

照れて言うゾロに、間にある壁がすうっと薄くなって膜みたいになるのを感じた。

これじゃいけないのに。こいつはただの同居人なのに。

「浮かれとけ。浮かれとけ。」

ただの同居人だけど、俺はゾロが好きだ。

デパートのエレベーターでおばあさんが降りるのをドアを手で押さえて待っていてあげたりとか、

そういうことが平気で自然にさりげなく出来るあたり、俺はほんとうにゾロが好きだと思う。

見返りを求めないやさしさというのは美しい。

「旅行は無理だけどさ。」

「ん?」

「飯くらいならおごる。どっか行こう。」

「ロロノアさんたらどうしちゃったの。それはちょっと浮かれすぎ。」

「いや、なんか、うれしいことを報告するヤツがいて、聞いてくれるヤツがいて、良かったなあ、とか思って。」

なめらかに言って笑うゾロの顔に間にあった薄い膜までがぷちん、と音を立ててなくなってしまった。

ずっと俺の相手はきくらげだったんだ、俺もこれからなんかうれしいことがあったらゾロに言ってみたりしてもいいか、

それより飯食い行くのどこにする、鮨か、焼き肉、どっちでもいいぞ、って言いたかったけど

なんとなく言えなくて、黙ったままきくらげを膝に乗せてプリンを頬張るゾロを見つめ続けた。

「なんとか言えよ。」

間が持たなくなったのか、困った顔をしてゾロが上目使いで俺を見るので

こいつはなんかときどきみょうにかわいいよなあ、と思いながら、うん、と頷いた。

膜とか全部どっか行っちゃって、いまなら手を伸ばせばきっとゾロに直接触れられるはずなのに、

そういうことはやっぱり出来なくて、突っ立ったままなめらかにプリンが飲み込まれるのをじっと見た。

「プリンうめえぞ。」

「うん。ゾロ。」

「なんだよ。」

「俺も、俺もさ、ゾロがいて良かったよ。一緒に住んでるのがゾロですっげえ良かったって思ってる。」

「おう。」

自分で言い出したくせにいまさら照れ臭いのかなぜかそっぽを向いたままゾロがそう返事をして、

膝の上の猫とか、小さなカップを持つでかい手とか、まだちょっと浮かれた雰囲気だとか、

そういうものに囲まれながら、ゾロがいて良かったなあ、ともう1度俺は腹の底からそう思った。

プリンみたいになめらかに、すべてがそんなふうだったらいいのに、思いながら、ゾロを見た。

 

 

 

終わり