あらいぐまラスカル

 

 

 

 

 

サンジがラスカルと友達になったのはある寒い冬の日のことでした。

クソジジイのレストランの裏のゴミ箱を漁っている動物に気がつき

驚き声を出すと、その動物もおなじようにキィーと声を上げました。

はじめて見るその動物はぶさいくでそしてなんだかとってもひとりぼっちみたいでした。

親近感、という言葉をサンジは知りませんでしたがそんな気持ちがして、

クソジジイにこのぶさいくな動物を飼ってもいいかと頼みました。

サンジが頼みごとをするなんてはじめてのことだったのでクソジジイはとても驚きました。

友達のいないサンジのさみしさを少しはわかっているつもりだったクソジジイは

勝手にしろ、と乱暴な口調で飼ってもいいよと言い、その日からラスカルはサンジの友達になったのです。

サンジはその動物に昔見たアニメのあらいぐまの名前をそのまま取ってつけました。

ラスカル、と呼べばあらいぐまはキィーと返事をします。

サンジはラスカルがかわいくてかわいくてしかたがありませんでした。

ご飯を食べるのもお風呂に入るのも眠るのもラスカルと一緒です。

ミルクを口のまわりにつけたままでキィーと、もっともっと、とおねだりするラスカルのかわいいことといったら!

クソジジイに内緒で作った新作のメニューもラスカルは喜んで食べます。

そしてキィー、キィー、とおいしい、おいしい、と言ってくれるのです。

ふたりはもうずうっとまえから友達でいたような気がサンジはしました。

ラスカルとふたりなら帰りのおそいクソジジイを待っているのだってぜんぜんちっともこわくなんかないのです。

サンジとラスカルはそんなふうにとっても仲良しです。

 

やがて

寒い冬が終わり、春が来て、そうして村には緑のきれいな5月がやって来ました。

 

ある日、サンジはラスカルと一緒にウエントワースの森へとピクニックに出かけました。

光に揺れる森の木々のその様子はとても気持ちよく、サンジは目を細めて5月の風を胸いっぱい吸い込みました。

自転車のかごのなかのラスカルもおなじようにします。まるで双子みたいにふたりは仲良しでしたから。

するととつぜん草むらの影から緑色のなにかがサンジとラスカルの目の前にあらわれました。

クソジジイがよく言っていたユウカイハンかも知れない、とサンジは身構えました。

ここのところウエントワースの森にはかぎ爪で毛皮をまとい子供を捕まえては

砂漠の遠い国へ連れて行ってしまうそんなわるうーい奴があらわれると村で評判だったのです。

けれど目の前にあらわれたのはサンジとおなじくらいのほんのすこしだけ目付きの悪い緑色の髪をした子供でした。

緑色のその子にサンジは尋ねます。

「おまえ、どこの子?」

緑色の髪の子は身なりもぼろぼろでたぶんきっと村の子ではありませんし、

(だいいちこんな変な頭をした子は見たことがありません。)おなかがぺこぺこみたいな足どりでふらふらとしています。

サンジはその緑色の子がかわいそうになりました。

もしかしたら親とはぐれてしまったのかもしれません。そしておなかをすかせて心細い思いをしているのだとしたら。

サンジはその子がほうっておけなくなりました。

緑の髪の子は口が聞けないのでしょうか、サンジのさっきの質問には答えずにふらふらのまま歩き続けようとします。

「なあ、おまえ、はらへってるんじゃないの?」

サンジはそう緑の髪のその子に言いました。

サンジの自転車のかごにはラスカルもいましたが、そのほかにもラスカルと一緒に食べようと思っていた

スペシャルサンドイッチとミルクが入っていましたので、それをわけてあげようと思ったのです。

緑の髪の子はなにも言いません。ですがサンジはその子の目の前にだまってサンドイッチとミルクを差し出しました。

その子はだまってそれを受けとると夢中になってほおばりました。

口のまわりも、手も、パンくずだらけでサンドイッチに食らいつきます。

サンジはその様子にぽかん、となりながらも5月の緑みたいできれいだな、とその子の髪の毛を思いました。

あっという間にすべてを食べ終えるとその子はやっと口を開いてこう言いました。

「ごちそうさん。」

そのあとに笑った顔がとてもすてきでサンジはまたぽかん、となりました。

それはまるで雨が上がったあとのウエントワースの森みたいな笑顔でした。

「あたりまえだろ。それおれが作ったんだ、もちろんひとりで。クソジジイの手なんかかりてないぞ。」

クソジジイのことをこの子が知っているはずもないことなどサンジの頭のなかにはありません。

なんでもいいからなにかを言わないといけないような、そんな気分になってしまっていたのです。

「そうか、すげえなおまえ。」

緑の髪の子が感心したように言って、サンジはちょっと照れくさくなりました。

それはパンにバターをぬってきゅうりとハムをはさんだだけのサンドイッチでしたのに、

その子はすごい、と笑顔でほめてくれるのですから。

そのときとつぜんいままでずうっとだまっていたラスカルがキィーキィー、となきました。

緑の髪の子がその声につられてラスカルを見てそれから驚いた顔をしてサンジに言いました。

「なんだこの動物。」

「ラスカルだよ、あらいぐま。そしておれのたいせつな友達だ。」

「おまえあらいぐまと友達なのか?」

緑の髪の子がもっと驚いた顔をして言います。

「ラスカルはあらいぐまだけど友達だ。ご飯を食べるのもお風呂に入るのももちろん眠るのだって一緒なんだぞ。」

サンジはすこしだけ傷つきました。

ラスカルはあらいぐまです。人間ではありません。

人間の友達が欲しかったサンジはラスカルと仲良しになればなるほど

よけいにさみしさが増してゆくのを自分でもわかっていたからです。

「おまえ友達いないのか?」

緑の髪の子が言いました。

「ラスカルがいる。」

サンジはそう言いながらちょっぴり泣いてしまいそうな気分になりました。

5月の気持ちのよい木漏れ日が足元へとふりそそぎます。

けれどサンジにはもうそれをすてきなことだと感じることが出来なくなってしまっていました。

「じゃあさ、おまえおれと友達になれ。」

きゅうにその子がそう言ったのでサンジはとても驚きました。

友達になれ。

この子はたしかにそう言ったのです。

村の子でサンジにそんなふうに言ってくれる子はいままでだあれもいませんでした。

なぜならサンジは捨て子で、そして村ではめずらしい金髪で青い目をしていたからです。

「飯も食わせてもらったし、今日からおれたちは友達だ。」

緑の髪の子が笑顔でそう言ってサンジはとてもうれしくなりました。

今日から友達だ。

なんてすてきなひびきでしょう。

魔法の呪文があったらきっとこんなふうだろうなあ、とサンジはうっとりと思いました。

とたんに日差しも風も気持ちのよいものにかわります。

「それでおまえ名前なんていうんだ?」

「サンジ。」

「サンジか、おれはゾロ。よろしくな。」

緑の髪の子―ゾロはそう言って手を差し出してきます。

なんだろう、とサンジが不思議に思っていると握手だよ、と右手をむりやり取られて

ゾロの手をつかまされました。そうしてつかんだサンジの手をゾロはぶんぶんとふります。

ひとしきりそうやったあとにゾロがこれでもう友達だな、と笑って言ったので

サンジはうれしくてうれしくて、うん、と返事をしながらすっかりラスカルのことは忘れていたのでした。

 

めでたしめでたし